高知県には警察署が十六箇所に点在し、高知市に県警察本部を構えていた。七階にヘリポートを置いた立派な建物の最上階には、高知県警察本部長の執務室があり、そこに金島一郎はいた。

 高知県警察本部長、金島一郎は、刑事部捜査第一課では常に最前線に立った男だ。凶悪犯罪の捜査や組織犯罪の事件を多々こなし、持ち前の鍛えられた身体を張って事件を解決へと導いた。

 決して悪に屈しないことを掲げ、常に正義を貫き通す彼の姿勢は、刑事部捜査一課の敏腕部下たちにしっかりと受け継がれている。

 金島は「高知県の鬼刑事」と呼ばれていた。歳を取るに従って顔に刻まれた深い皺は凄みを増し、真っ直ぐに正義を語った瞳は、より相手を射抜くように鋭くなった。今では空手の得意だった細身の好青年の面影はなく、自ら現場に立って一喝するように指示を出す金島は、四国警察の中で一目置かれた存在となっていた。

 金島の生活は、常に仕事に振り回されるものだったが、県警察本部長となってからはようやく自分の時間が取れるようになっていた。彼が高知県警察本部一の愛妻家だと知っているのは、付き合いの長い刑事部の面々だけである。

 妻と電話でやりとりをしているだけにも関わらず、金島はまるで妻に顔を合わせているかのような表情を浮かべた。そのときばかりは、小麦色の肌に露わになっている深い皺も薄れ、五十代には見えない若々しさが覗く。


 そんな彼の悩みは、十歳年下の妻との間にようやく授かった、一人息子の暁也のことだった。仕事で家を空けることが多く、それに加えて強面と不器用な愛情で金島は暁也と擦れ違った。


 息子の事を理解しようと努力しても、力を入れるほど暁也のことが分からなくなる。顔を合わせることも嫌がるようになった暁也は、染髪や派手な服装をするようになり、高校二年生の春先に校内で暴力事件を起こした。

 十二人の生徒が入院し、止めに入った男性教師二人が軽い打撲を負った。呼び出された校長室で金島は息子を厳しく一喝したが、暁也は結局一言の弁明すら話さなかった。

 金島は妻と話しあい、新しく出来た茉莉海市の白鷗学園に暁也を編入させることにした。自然に囲まれた新しい町は、事件らしい事件も起こったことがなく、金島はそこで息子の更生を期待したのである。

 警察が権力で物をいわせる組織であってはならない。

 そう考え構えていた金島は覚悟の想いだったが、校長室で初顔合わせをした際、憮然とする暁也を見つめる尾崎や、矢部という教師の目に「事件を起こした問題児」「権力を行使して無理やり編入か」という色が一切ないことに驚いた。

 学園理事でもある尾崎校長はひどく人柄が良く、一つ微笑を浮かべて入学を受けいれてくれた。彼は、金島の長い頼み文句の切り出しを遮るように、ただ柔らかな口調で、「私たちは暁也君の編入を嬉しく思っております」と述べただけで、暁也がもし何かを起こした場合の約束についても、取り付けるような事は言わなかった。

 金島は決意し、高知市から茉莉海市へ家を移した。素晴らしい教師がいるのなら、もしかしたら……と期待したものの、暁也が編入早々、また喧嘩で騒ぎを起こした時はひどく頭を抱えた。