「残りは明日のパーティーで配りますから」
「うん、分かった。ありがとう」

 お互い声を潜めて会話し、常盤はそのまま里久と別れた。


 そういえば、今朝はメールの返事があったとはいえ、火曜日の夜からずっと連絡がなかったのだ。歩き出したところでそう思い出した常盤は、「分からないことがあったら、いつでもすぐメールして――」と言い掛けたところで顔を顰めた。


 振り返った先に、里久の姿はなかった。まるで忽然と消えてしまっていた。

 常盤は一人小首を傾げたが、ふと、明美に頼まれていたことが脳裏を横切った。彼女の希望通り、彼は暇潰しがてらに町を見て回ろうと考えていたのだ。尾崎には大学校舎へ行かず、藤村組事務所で明日の段取りを組むと連絡も入れてあった。

「そうだな、町の方をちょっとぷらぷらしてくるか」

 待ちに待ったはずの取引が明日に迫っていたが、常盤の表情は冴えない。彼は自分でもらしくないほどの大人しさを思いながら、ゆっくりとした歩調で足を進める。

             ※※※

 午後四時半を過ぎた頃。
 常盤は都心街ではなく、南方にある旧市街地にいた。

 明美の願いをかなえてやろうかと思っていたのに、大通りを見ないままぼんやりと歩き進んでいて、気付いたら藤村組事務所が建つさびれた土地まで来てしまっていたのだ。

 もし都合があえば夜にでも町を歩こうと考え直して、通い慣れた三階建ての事務所へと向かう事した。しかし、人の気配もない静まり返った路地をしばらく歩いた頃、藤村事務所まで百メートルの距離で、くぐもった鋭い発砲音に気付いた。

 日常ではまず聞こえるはずのないその音を、常盤は聞き逃さなかった。

 音沙汰もなかった心が久しぶりに高揚し騒ぎだすのを覚え、発砲音を探してすぐさま駆け出した。

 その発砲音は、すぐ近くの旧帆堀町会所方面から聞こえていた。

             ※※※

 ――常盤少年が、一発目の発砲音を聞く少し前の事。

 榎林は、旧帆堀町会所の開けた一階部分に設置したビデオカメラの横で、短い足を開くようにして立っていた。荒れ果てて古びた廃墟内は、窓ガラスも扉も外されて外の光が差している。

 廃墟の中央には直射日光が届かないため、薄暗さと黴(カビ)臭さが健在していた。足で簡単にこの葉やゴミが退かされただけの片隅には、電化製品の紙箱が投げ捨てられ、組み立て式の細い鉄筋台下の冷たさを帯びるコンクリートに、茉莉海市に来る途中購入した黒いスピーカーが置かれている。

「夜蜘羅さん、聞こえますか?」

 配線がセットされてすぐ、榎林はふてぶてしい面持ちを階段に向け、スピーカーへと耳を澄ませた。足元にスーツケースを置いた佐々木原は入口に立ち塞り、小さな赤い錠剤の入った小袋を大きな指先で触れている。

 室内には、他に六人の男たちがいた。殺風景としたその場で金や赤、黄色や紫といったシャツが目立つ。