『問題なのは、そこにレッドドリームを加えた後ですね。まずは体の組織構造が、ありえないくらいのスピードで劇的に変わります。しかも遺伝子が受けた反応がそのまま身体に出て、しばらくはその変化が続くんですよ。二十体のモルモットが、それぞれ違った身体変化をする光景は、まるで悪夢のようでしたね』

 個体の体積が大きければ、身体の変化反応は短時間でなくなるという。

 二日前の夜、二メートルの化け物となった里久の手が、鞭のように伸びた反応がまさにそれだったらしい。

『どちらにせよ、最新版のブルードリームを含め共通していることは、理性が飛んで動物本能の一部が剥き出しになることですね。過剰自己防衛のように、近くにいる生き物を殺してしまうんですよ。で、そのあと変化し続ける細胞組織に耐えきれず、当人たちは死んでしまうというわけです』

 キッシュは説明し、呼吸を整えるように言葉を切った。

『私が今回実験し調査を行ったのはモルモットでしたが、これが人間だったらと考えると恐ろしいです。ナンバー4が撮った映像も確認しましたが、身体に変化を起こした里久という人間は、どこかへ行こうとしていたんですよね?』

 雪弥は思い出して、「人のいる大通りへ」とだけ言って口を閉じた。尾崎がわずかに目を細める間に、キッシュが『そう、人のいる大通りです』と繰り返した。

『自分のテリトリーを持つ動物を考えてもらったほうが簡単だと思います。そこにもし数匹の動物がいたとしたら、必ず共食いが起こる……ブルードリームとレッドドリームは、強い攻撃性と共に殺意を持たせる仕組みを持った全く未知の薬なのです。どういった仕組みでそう働きかけられるのか、といった多くの事が不明なままですが、全く未知の凶暴な生き物が出来あがるのは確かです。しかも、後者の新しいブルードリームの方が、殺人衝動が遥かに強く出ています。もし、新しいブルードリームが白鴎学園内にとどまっているのなら、そこで歯止めをかけるべきだと我々研究班は考えています』

『薬の解明よりも、それを消しさることが最優先になる』

 ナンバー1が口を挟み、キッシュが『その通りです』と言葉を締めくくった。

 今年の始めから東京で増えている違法薬物検挙者は、覚せい剤が含まれる薬に見たこともない成分が配合されている、と検査を行って初めて確認されたところでようやく、ブルードリームを摂取していたというのが判明しているような現状である。

 そのため、特殊機関技術室ではその成分が反応する薬剤を探し、簡単に見分けられる製品機器開発に追われていた。研究室では、覚せい剤を薄める砂糖類やカフィン以外の成分検出が進められている。

『化け物のような人間を作り上げることが目的なのかは分からん。ロシアの一件があるからな、早急に対処しなければならないだろう』

 ナンバー1は、その声色に警戒を滲ませた。

 四年前、ロシア北東部の村人が惨殺される事件が相次いだ。調べに入った者がすべて戻らず、ロシアの隠密暗殺部隊が軍隊と共に投入された。その雪に覆われた山岳から現れたのは、全身厚い体毛に覆われた生き物だった。

 無線では「狼男だ」と表現されたが、人体実験で八十人の浮浪者を殺したとして国際手配になっていた科学者のロディフスが、新たに構えた研究室で手を加えた人間たちであった。狼を兵器として造り直す、シベリアで起こった反政府組織によるウルフマン計画が移行したものである。