「で、何があったの?」


 ベンタの中央に腰かけた後、雪弥がどちらを向けばいいか分からずに尋ねると、暁也の方が口を開いた。

「保険医の明美先生、覚せい剤とかやってんじゃないかと思ってさ」

 明美という名が出て、雪弥は言葉を詰まらせた。「そう、保険医」と口の中で呟き、一呼吸置いて問う。

「その明美、先生って……」

 うっかり名前のみで言いそうになって、雪弥は先生という言葉を遅れて付け足した。不安気に眉根を寄せる素振りをしつつも、情報を探るべく冷静に彼らの様子を窺う。

 口をへの字に曲げてシャッター街を見つめる暁也は、ベンチに背をもたれると押し黙ったまま腕を組んだ。それを見た修一が、彼の言葉を引き継ぐように「もともと明美先生って、別の高校にいたらしいんだけどな」と切り出す。

「五月にうちの保険医が大学の方に移ってさ、新しく高校の保健室の先生として来たんだ。これがまたすっげぇ美人で、めっちゃ可愛いのよ」

 あまり周りに聞かれていい話ではない、と汲んだ声量であるが、修一の声色に緊張した様子は見られない。

「へぇ、美人ねぇ……で、どうしてそこで、いきなり覚せい剤なんて物騒な名前が出て来るわけ?」

 雪弥は、呆れ返る振りをした。修一と暁也を交互に見やった彼の表情には、「考えたらいきなり覚せい剤なんて、あるわけないじゃん。驚かすなよ」という雰囲気が作られている。

 暁也は、視線をそらせて小さく言った。

「俺、保健室で明美先生とよく会うんだけど、修一に聞いて確かに変だなって思ったんだよ」

 彼は思い出すように切り出して、つらつらと言葉を続けた。

「よく保健室を隠れ場にしてんだ。適当に仕事探すから進路なんて関係ないって言ってんのに、矢部は『将来をきちんと考えなさい』って煩くてよ。細腕のくせに、腕が痺れるくらいのクソ分厚い全国進学校一覧が載った本を押しつけてきて、そのうえ『一対一でとことん考えましょうか』って、マジありえねぇだろ? 俺はいつも一階の保健室に逃げ込んでやり過ごすけど――まぁ大半、そこから出てきた富川学長に睨まれる」

 暁也がそう言ったところで、修一が口を挟んだ。

「富川学長ってさ、大学側の校長だよな? 大学生の講座の調整とかでよくうちのほうにきてるけど、最近は明美先生と出来てるって噂だし、お前がお邪魔だったんじゃね?」
「知るかよ、俺だって矢部から逃げるのに必死なんだ。進学とか押し付ける感じが苦手だし、嫌いだ」

 大学の富川学長は、今回の事件の共犯者である。先程ゲームセンターで、その関係組織のシマという男が、彼の名前と共に「明美」という名前も出していたから、その話が本当であれば「高校側の保険医明美」も協力者の一人という線が濃厚だ。