萬狩は、冷やしソーメンを食べながら考えた。

 話を聞くだけなのだし、そこまで時間は掛からないだろう。ひとまず、赤の他人である俺に相談したい事とは、どれほどのものなのだろうか?

「……少し出掛けるんだが」
「散歩ですか?」
「おい。誰もそんな事は口にしていないぞ」

 本能的な直感で萬狩の行き先を察知したように、仲西が瞳を輝かせた。シェリーも、ついと顔を持ち上げて、期待に満ちた目で萬狩を見上げた。

 萬狩は老犬の視線から目をそらすと、罰が悪そうに首の後ろをかいた。

「その、なんだ。人に会うんだよ」
「ご友人さんですか?」
「同じピアノ教室に通っている、顔しか知らない男だ。少し話したい事があるらしい」

 萬狩が答えると、仲西は「ふうん」と何も考えていない顔で首を傾げた。

「つまり、ピアノ仲間って事ですね」
「…………」

 正直、嬉しくない表現だ。

 彼の心境を表情で見て取った仲西が、途端に笑ってこう言った。

「すぐに仲良くなれますよ。萬狩さんって、外見によらず面白いですし」
「どういう意味だ」
「大丈夫。萬狩さんがお喋りしている間、僕とシェリーちゃんは邪魔にならないよう、近くを散歩していますから!」
「お前、俺の話を聞いちゃいねぇな」

 萬狩は面白くなかったが、足元に座ったシェリーの尻尾が「散歩」の言葉のたびに揺れている事には気付いていた。

 畜生、人間の言葉を完全に理解している

 なんて賢い犬なんだ。

 萬狩は忌々しく思い、少しばかり悩んだ。そして決断し、吐息交じりに仲西に告げた。

「……分かった。この前の海岸に行くから、食べ終わったら支度しておけ」
「わーい!」

 仲西がバンザイをし、すぐにシェリーを呼んだ。

 萬狩は、仲西青年がシェリーの顔をめちゃくちゃに撫で、抱き締める様子をぼんやりと眺めた。

 やはり体調は良好ではなく、食べたせいで余計に腹の底が重苦しく感じた。本当だったら、もう外出はしたくなかったし、彼らを連れて行くという面倒もしたくはなかった。

 けれど、ここに閉じ込めておくより、ずっといいだろう。

 気付けなかった頃には戻れないのだからと、萬狩は、そう判断するまでの自分の思考に、そっと蓋をして老犬から視線をそらした。