髪を切られている最中は、どうしても見動きが取れない。隣の新しい客も、先程の中年女性が対応にあたって、髪を切り始めていた。

 そうしているうちに、萬狩の方の散髪が早々に終了した。

 前回同様に自然な仕上がりだった。東風平は、萬狩に髪の仕上がりを確認させると、「整髪剤を取ってきます」といって一旦席を離れていった。

 隣の新しい客についていた中年女性スタッフが離れていったのも、ほぼ同時だった。どうやら、これから染髪剤の準備を始めるらしい。

 萬狩が、「よしチャンスだ」とそれとなく隣の席へ目を向けた時、その新しい客も、萬狩の方を向いた。

 互いに見合わせた二人は、思わず「「あ」」と揃って声を上げた。

「……君は、ピアノ教室の…………」
「……あ、あなたは、確かピアノ教室に、い、いらっしゃった……」

 白く丸々とした小男が、口ごもりぼやいた。その額と鼻頭には、脂汗が浮かんでいる。

 その男は、同じピアノ教室に通う例の小さな丸い男だった。今日は教室で会わなかったと思っていただけに、こんな偶然もあるものなのだなと萬狩は驚いた。

 蒼白した小男をまじまじと見入れば、ピアノ教室にいた時と違い、必死な形相をしていない小男は、どちらかというと臆病な感じで若い事が見て取れた。

 とはいえ、同じ教室に通う者同士が、偶然にも同じ理髪店で、偶然にも隣同士になったというだけだ。

 萬狩は、蒼白していた彼の顔が、次第に助けを求めるように変わっていく変化に気付いて、思わず視線をそらした。

 どうも嫌な予感がする。

 土地柄なのか、ここで出会う人間は、どうも他人同士の繋がりや距離感に対して躊躇がない節がある。