しばらくそうやって暇を潰していると、隣に新しい客が座った。

 隣の新しい客は、中年女性に「どのようなカットを致しましょうか」と言われて、戸惑っているようだった。萬狩は雑誌に目を向けていたのだが、男の慌てぶりが横目に入って集中できなくなった。

 男は散髪後のイメージを考えていなかったのか、希望する髪型を伝える言葉を上手く見付けられないのか、「うぅ」「あの」「その」と両手を交えて慌てていた。

 そんなに個性的な髪型なのか、それとも過去の失敗が男を焦らせるのかと、萬狩は少し気になった。

 萬狩が雑誌へ視線を落としたまま耳を済ませていると、中年女性が、男性の髪型が載った雑誌を男に手渡した。どうやら彼女は、男が頭の中で思い描いている髪型を、見本の写真の中から探る事にしたらしい。

「こちらの方ですと、お客様ぐらいの若い方に人気ですよ」
「そ、その、耳の上まで刈り上げるのは、ちょっと……。お、重くない方がいいのは、確かだけれど…………」

 なんだ、若いのか。

 萬狩は、店内に多くいる中年男性の客の一人だと思っていたから、隣のやりとりを聞きながら、少し意外に思った。確認してみたい気もするが、失礼だと思って顔を向けられないでいる。

 とはいえ、余所への好奇心のおかげで、胃のむかつきは少しだけ軽減されていた。

 萬狩は、目の端に映る新しい客の足を盗み見た。くたびれたスニーカーに、だぼだぼのジーンズ・ズボンがそこにはあった。サイズは、恐らく萬狩のズボンの倍はあるだろうと思われるが、膝から下の長さはないようだ。

 若いらしい男と、中年女性スタッフの相談は数分ほど続いた。

 しばらくそのやりとりを聞いていた萬狩は、段々と苛々してきた。つまり男は、個性的でも非個性的でもなく、伸びてしまった現在の髪型を、そのまま短くしたいというだけの話なのだが、残念ながら、焦る男の主張はスタッフ側に伝わっていない。