女性スタッフは、萬狩の用意を整えるなり「先程の東風平(こちんだ)が担当にあたりますので、少々お待ち下さい」と声を掛け、足早に別の客のもとへといってしまった。はじめに対応してくれた中年男性が、萬狩の髪を担当するようだ。

 萬狩は、彼女が口にした『コチンダ』という名前を頭の中で反芻した。やはり、漢字は出て来なかった。沖縄の地域名でもあったはずだが、『ハエバル』と同じ三文字だったような……

 結局思い出せず、萬狩は、鏡に映る自分の気難しそうな顔を、ぼんやりと眺めて過ごした。店内にいる客は入れ替わりが早く、腰に黒いエプロンを巻いたスタッフが、鏡越しに右へ左へと忙しなく移動する様子が、自然と目に入った。

 しばらく待っていると、パーマ頭の中年男性がやってきて「担当の東風平です、よろしくお願いします」と言って、早速カットバサミで萬狩の髪を整え始めた。

 全体的に素早く整えられたところで、後方から「店長」と声が上がり、東風平が一旦手を止めた。

「お客様、少し席を離れてもよろしいでしょうか」

 鏡越しに、東風平が申し訳なさそうに尋ねてきた。彼が店長だったのかと思いながら、萬狩は、ちらりと声のした方へ目を向けた。

 三つ向こうの席に、染髪剤をつけて待たされている大柄な中年男性の姿が目についた。萬狩よりも少し年上そうだから、きっと白髪染めか何かだろう。

 萬狩が了承すると、東風平は「ありがとうございます」と言い、機敏な足取りで、三つ向こうの席の男の元へと向かった。彼は客の髪の染まり具合を確認し、近くにいた若い女性スタッフに声を掛ける。

 待っている間は暇であるので、萬狩は手元に用意されている雑誌を物色した。女性向け、男性向けの両方が用意されていたので、興味はないが、色合いに引かれて釣りの専門誌を開いた。口の尖った魚、やたらと丸い魚などの写真を簡単に流し見る。