その男は、事務的な手続きをさっさと済ませたいのか、萬狩に休憩時間すら与えず言葉早く先を進めた。萬狩も、とっととこの男と別れたいと思って、苛々を抑えて根気強く聞き手に回っていた。

 説明が老犬の内容にさしかかったあたりで、萬狩は、ふと当初から感じていた不安を口にした。

「私も犬の一般的な飼い方を知らないわけじゃないが、生憎、友人の犬を一周間ほど預かっていた事がある程度だ」
「つまり、飼育経験はないと、そうおっしゃるわけですね?」

 まるで尋問のように酒井が訊いたが、萬狩は引きもせず正直に「その通りだが?」と断言し、顔を顰めた。

「不動産側にも伝えたが、特に問題ないから詳細の説明をあんたから聞くようにとしか言われなかった。その犬は老いているようだし、余計にどうすればいいのか分からないんだが」

 お前、不動産側から話を聞かなかったのか、と萬狩は眼差しで怪訝を露わにした。

 酒井は、眉一つ動かさなかった。表情筋がないような顔のまま、じっくり探るような目で萬狩の無愛想な目を見据え、器用にも萬狩に聞こえない声量で、口の中で「馬鹿正直な方ですね」と個人的な感想を呟いた。

「何か言ったか?」
「いいえ、何も」

 酒井は背を起こすと、事務的な説明を行った。

「老犬については『マニュアル』がありますので、もしもの場合はそちらをご参考下さい。それから、老犬は雌犬ですからお間違えなく。彼女のごはんは週に一度、セットで届くように手配されていますが、先程も説明申し上げました通り、他にも何か入用になってご購入された場合は、こちらの宛先まで領収書を送って下さい。数日内では契約の口座先へ振り込ませて頂きます」

 基本的に、老犬は週に一度獣医の訪問検診を受けており、同じ割合で専属の業者が訪問し、風呂やトリミングやマッサージなど、必要な事は全て行っているらしい。