二人の迷惑な居候に見送られた萬狩は、バーベキューとは面倒事になったな、と考えながら車を走らせた。車内の冷房がきちんと稼働するよりも先に、萬狩の運転する車はピアノ教室に到着していた。

 涼しい教室内には、受付のカウンター席に腰かけた内間しかいなかった。

 今日も挨拶から始まり、萬狩はカウンターに置かれている利用者表に名前を書くと、いつも座っている席に腰を降ろした。

 ピアノ教室に通い始めてから七回目を超えていたが、その間に他の利用者は見かけなかった。多く遭遇するのは、背丈の低い太った例の男ぐらいだ。ほぼ毎回、萬狩が来る頃には既にピアノの練習にのめり込んでおり、顔に大量の脂汗をかいているのだが、今日は珍しく来ていないようだった。

 内間が言うには、ここは田舎の小さなピアノ教室なので、午前中の利用者は少ないらしい。予約の大半が午後からで、仕事や学校がある人達は、夕方に足を運んで来るのだそうだ。

 内間が見守る中、萬狩は、楽譜の半面分の音を弾いてみた。

 譜面を確認しながら、拙い指の動きながら鍵盤を確実に叩いていくそばで、内間が穏やかな表情で聞き入った。どうしても長くかかってしまう萬狩の拙い伴奏が終了すると、彼女は「指の位置を間違えなくなりましたね」と褒めつつ、一つ一つ、改善点を上げていった。

 萬狩は、叩いた鍵盤から出る音が『音楽』になってくれる事を目標として練習に励んでいた。自分にリズム感がないと気付いたのは、習い始めてすぐの事だったが、「ここはゆったりと」「ここはテンポ良く」と内間に受けたアドバイスは、何度も口の中で反芻し、楽譜にもメモをとっている。

 不向きな事であるのに、らしくもなく彼は頑張っていた。

 もう少し肩の力を抜きましょう、と内間に言われて、萬狩はぎこちなく微笑み返したのだが、彼の心情は穏やかになってはくれなかった。