「それはいいですね。僕は安月給なので、是非とも肉の御相伴にあやかりたいです!」
「お前、そんな難しい言葉を使うような男だったか?」

 萬狩は苦々しい表情を隠しもせず、若さ溢れる青年を横目に睨みつけた。

「大丈夫、野菜なら任せて下さい! ファーマーズで安く大量に買えるんで。あ、花火はどうしましょうか?」
「既に決行する気満々で話を進めるのは止めてくれないか。というより花火ってなんだ。遅くまで居座る気か?」
「仲西君、バケツはあるので問題ないよ。私の家の倉庫に新しいのがあるから、それを持って来るよ」

 何時頃がいいかな、と仲村渠が顎に手を置いて考え始めた。彼は自分の都合を目算しているのか、キッチン側に近い壁にかかっているカレンダーへと目を向け、「ふうむ」と首を捻る。

 仲西がシェリーの顔を両手で自身の方へと向け、「楽しみだねぇ」と笑った。
つまり、誰も萬狩の意見など聞いていないわけで、既にバーベキューは決定事項なのだ。萬狩はそれを知って、一度だけ天井を仰ぎ、それから肩を落として踵を返した。

「……ピアノの練習に行ってくる」

 萬狩は、電話機の置いてある棚に前もって用意していた鞄を、力なく手に取った。背中の向こうから、それぞれ音程の違う呑気な二つの声が「「いってらっしゃーい」」と告げるのを聞いた。

 ここは、独り暮らしの俺の家のはずなんだが。

 萬狩は、喉元までせり上がってきた台詞を押し留め、深い溜息を吐いて家を出た。

             ※※※

 ここ一週間は雨も降っていないせいか、日差しは肌に刺ささるのではないかと思うほどに暑かった。不思議と彼の自宅方向に蝉はいないのだが、少し下ると、煩いほどの蝉の大合唱が車内まで鈍く響き渡る。