萬狩は、自分の短くて太い指先に目を落とした。

 仕事のためだけに生きてきた、頑固者の手だとは知っていた。仲村渠老人の指も、仲西青年の手も、長くて繊細で、だからこそ躊躇なく老犬を愛して、優しく大事に接してやれるのだろう。

「歳のせいか、力加減も分からないし物忘れもひどいから、指先で音を覚える事がすごく難しい」
「ははは。私が孫のリコーダーの練習に付き合った時も、そうでしたよ。慣れるには、それなりに時間がかかるものです」
「あなたは、リコーダーが吹けるようになったのか?」

 尋ねると、仲村渠老人は少し肩をすくめて「一時はスムーズでしたよ」と白状した。触らなくなったら、すっかり忘れてしまったのだという。

「うちの嫁さんは、今でも孫に付き合ってリコーダーをやりますよ。つまり、続けることが大事なんです。その時は、ゆとりを持って気分転換するのも忘れずに」

 気分転換といえば、と仲村渠はにっこり微笑んだ。

 唐突に話題が変わる人だと最近身に沁みていた萬狩は、その笑顔が、ピアノの一件や、唐突に海を散歩したいと主張した仲西と似ている気がして、嫌な予感を覚えて思わず身構えた。

「せっかく広い庭があるのですから、バーベキューなんてどうでしょう。水遊びより、きっと、もっと楽しいはずですよ」
「俺は、ここには知り合いもいないし――」
「ここに二人の友人がいるではありませんか」

 仲村渠は、自信たっぷりに胸を張ってそう言い切った。対する萬狩は、顔を引き攣らせていた。

 礼儀良く座っているシェリーを抱きしめていた仲西が、「バーベキューですか?」と、食の話題に反応して振り返った。