ポケットに入れていたクッキーを一枚あげたところで、玄関のチャイムが鳴った。続けて「おはようございまーすッ」「僕ですよ、今日も元気いっぱいの仲西です!」と、余計な情報を含んだ挨拶があった。

 仲村渠が首を回して「仲西君ですか」と言いながら、萬狩へ目を向けた。

「相変わらず、元気な子ですねぇ」
「段々と俺への礼儀を欠いているだけだろう」

 萬狩は、あんたもだぞ、という思いを込めて仲村渠(なかんだかり)を睨みつけたが、自由気ままな老人は「礼義は大事ですよねぇ」と、知らぬ顔で茶を飲んだ。

 数日分の倦怠感を覚えながら、萬狩は、廊下を覗き込んで「鍵なら開いてるぞ」と声を張り上げた。ほどなくやって来た仲西は、持っていた荷物の中からレジ袋を取り出し「お粥のパックを買ってきましたよ」と言った。

「これ、皿に移し入れてレンジでチンすればオーケーなお粥です!」
「『レンジでチン』ってなんだ。レンジで温めればいいんだろ」

 萬狩は、顔を顰めつつもレジ袋を受け取った。粥の必要はないと木曜日に強く言い聞かせていたつもりだったが、体力が低下している今となっては、若干の有り難みすら覚えるのだから不思議だ。

 仲村渠が、食卓から首を伸ばして仲西を見やった。

「あらあら、仲西君わざわざ買ってきたの? キッチンでパパッと簡単に作ってしまえばいいじゃない」
「僕が作ると、殺人粥っぽくなるらしいんですよ。友人から『余計に病気が悪化する』と不評だったので、作らない事にしているんです」
「難儀な特技だねぇ」

 それなら今度一緒に作ってみようよ、と仲村渠が言った。男同士で粥を作って何が面白いんだと萬狩は思ったが、どうも胃腸の調子が悪いせいか、そう突っ込む気力も湧いてこなかった。