「情が湧いちゃうからって先輩達は言うけれど、だって、しょうがないじゃないですか。相手は生きているし、信頼されれば、僕達はそれに応えて、自然と愛してしまうんですから」

 萬狩はもう一度「そうだな」と相槌を打った。

 それ以外の言葉が出て来なかったのだ。子供だと思っていた仲西青年が、しっかりとした考えを持って生きていると知って、当たり障りのない容易なアドバイスは口に出来なかった。
 
 触れあえば情が湧く。名前を呼べば、愛着が出る。

 過ごす時間の分だけ思い出も増えて、いつか訪れる別れはより辛くなる。それを受け入れるには飼うにも覚悟が必要で、人よりも脆弱で短命だからこそ儚く、まさに、そこに覚える感情に名前をつけるとしたならば――

 ああ、俺はとっくに、もう手遅れなのだろう。

 萬狩は考えて、パソコンに向き直る素振りで数秒ほど目を閉じた。

 瞼の裏の暗闇が、まるで彼が想像する先行きの読めない未来のように広がっていた。

        ※※※
             
 八月の下旬、夏バテは老犬ばかりかと思っていた萬狩だったが、彼もまた体調を崩してしまった。

 暑さに参ってから食欲が出ず、萬狩は当初、数日ほど記憶を辿って、恐らく日射病だろうと推測していた。気温が三十二度を超えた炎天下で、彼は時間を忘れて庭の雑草を抜いてしまっていたからだ。

 作業を行ったのは水曜日の事だったが、それから五日経っても彼の食欲は戻らなかった。熱はないのに鈍い頭痛は消えてくれず、まるで二日酔いのようだと彼は忌々しく思いながら、水分と栄養摂取を心掛けた。

 シェリーの夏バテは少し落ち着いたようで、二、三日に一回だけ、夜中に萬狩を起こす程度に減ってくれていた。彼は夜空の観賞を気に入っていたので、それに付き合いつつ煙草を吸った。