長男が、反抗期のように自分の意見を強く主張したのは、あれが最初で、――そして最後でもあった。
幼かったにも関わらず、長男は我が儘も口にしない子だったから、犬が欲しいとは決して口にはしなかったが、多分、欲しかったのだろうと、今となってはそう思えた。
萬狩は、生き物の面倒をみたいと感じた事もなかったから、その考え方を知らず知らずのうちに、子供達にも押しつけていたのかもしれない。
我慢強い長男は、幼いながらに一生懸命自分を納得させて諦めたからこそ、たった一週間のチャンスを手放したくなかったのだろう。
萬狩は、幼い我が子と違い、生き物が必ず死ぬ事を知っていた。それを息子に経験させるのはまだ早いという思いで、育てる責任能力と覚悟がなければダメなのだと、厳しい言葉で言い聞かせてしまっていた。
あの犬の名前はなんと言ったのか。
萬狩はもう忘れてしまった。茶色く、耳がやや長い中型犬で、全く吠えない躾の行き届いていた賢い犬だった。狩猟犬の種類だといって自慢していたその友人は、その後に家族と、その犬と共にアメリカに渡っていったのだ。
「息子は、散歩ぐらい一人で出来ると言ってきかなかった。賢い犬だったし、俺は大丈夫だと思っていたんだが、妻が駄目だというものだから、散歩をさせる息子に渋々付き合う事になったんだ。あいつは嫌がっていたはずなのに、何度も後ろを振り返っては、まるで安堵するみたいな顔ではにかんでいたっけな」
思い返せば、やはり言葉数の少ない父と子だった。
萬狩は、小さかった我が子が、背筋を伸ばして犬を散歩する様子を、少しだけ離れた場所から眺めていた時間を思い起こす。
幼かったにも関わらず、長男は我が儘も口にしない子だったから、犬が欲しいとは決して口にはしなかったが、多分、欲しかったのだろうと、今となってはそう思えた。
萬狩は、生き物の面倒をみたいと感じた事もなかったから、その考え方を知らず知らずのうちに、子供達にも押しつけていたのかもしれない。
我慢強い長男は、幼いながらに一生懸命自分を納得させて諦めたからこそ、たった一週間のチャンスを手放したくなかったのだろう。
萬狩は、幼い我が子と違い、生き物が必ず死ぬ事を知っていた。それを息子に経験させるのはまだ早いという思いで、育てる責任能力と覚悟がなければダメなのだと、厳しい言葉で言い聞かせてしまっていた。
あの犬の名前はなんと言ったのか。
萬狩はもう忘れてしまった。茶色く、耳がやや長い中型犬で、全く吠えない躾の行き届いていた賢い犬だった。狩猟犬の種類だといって自慢していたその友人は、その後に家族と、その犬と共にアメリカに渡っていったのだ。
「息子は、散歩ぐらい一人で出来ると言ってきかなかった。賢い犬だったし、俺は大丈夫だと思っていたんだが、妻が駄目だというものだから、散歩をさせる息子に渋々付き合う事になったんだ。あいつは嫌がっていたはずなのに、何度も後ろを振り返っては、まるで安堵するみたいな顔ではにかんでいたっけな」
思い返せば、やはり言葉数の少ない父と子だった。
萬狩は、小さかった我が子が、背筋を伸ばして犬を散歩する様子を、少しだけ離れた場所から眺めていた時間を思い起こす。