声を掛けると、シェリーが途端に耳を立てて「ふわん」と呑気そうな声で鳴いた。先程まで聞こえていたような声を、彼女はもう立てなかった。

「俺も、ちょうどトイレに行こうと思っていたところだ。ついでに、お前のご飯も入れてやる」
「ふわ、ふわん」

 静まり返ったキッチンへ向かうと、萬狩は、仲西に教えられた通りにシェリーのご飯を準備した。彼女のご飯皿に入れて、いつもの位置に置き、彼女が食べ終わるのを待つついでに、テラスト席に腰かけて煙草を口に咥えた。

 すると、シェリーがそばに来て足元で座った。ちらりと彼女のご飯皿を確認すると、全く手が付けられた様子がなかった。

「なんだ。食わないのか?」

 不思議に思い、萬狩は一旦煙草を灰皿に置いた。

 リビングに上がる萬狩の後ろを、シェリーはついて来た。萬狩が「分量でも間違ったのか?」「腹が減っていない、とか……?」と首を傾げてご飯皿を見つめていると、シェリーが何食わぬ顔でご飯を食べ始めた。

 妙だなと思いながら、萬狩は、再びテラス席へ足を向けた。しかし、その途中でシェリーが食事を止めてついてくる事に気付き、足を止めて振り返った。

「……手間のかかるやつめ」

 普段通りに声を掛けようと思ったのに、どうしてか神妙な声になった。

 萬狩は離婚したあと、一人きりになったマンションの一室で、自分が食事をする機会が減った日々を思い出し、シェリーの行動理由に思い至ってしまっていたのだ。

 何て事はない。つまりは、そう言う事なのだ。
 
 萬狩はシェリーのご飯皿を持ち上げると、テラス席が見える窓辺に置いた。彼が椅子に腰かけて煙草を吸えば、シェリーは、彼が見える位置で食事を再開した。

 夜風は少し生温くて、静けさが降り注ぐような時間の中で萬狩は、ささやかな風と静寂を聞いていた。