家は高台の上にあり、周囲は緑に囲まれている。七月はまだ熱風と化していない時期なので、吹き抜ける風は確かに涼しい。

 それでも、日中の室内は二十七度以上にはなるのだ。電気代でも気にしたのだろうかと萬狩は思いながら、「ただいま」と小さな声をかけ、家へ上がった。

 リビングを覗き込んでみたが、青年と老犬の姿はなかった。

 一体どこへ行ってしまったのだろう、と考えた萬狩は、ふと、開いた窓の向こうから、笑い声が聞こえてくる事に気付いた。

 縁側へ目を向けると、テラス席の向こう側で、ホースで水を振りまいている仲西青年と、急かすように彼の周囲を歩き回り、飛び散る水めがけて口を開けているシェリーの姿があった。

 花壇に水を掛けているのかと思ったが、どうやら仲西青年は、目的を忘れてホースの水で虹を作っているらしかった。残念ながら電気代を気にしているようには見えない行いであり、人様の家とは思えないほど幼く自由な発想だ。付き合っているシェリーも、まるで数歳は若く見える。

 不意に、シェリーが萬狩に気付いて振り返った。続いて仲西が顔を向けて、「お帰りなさい」と笑う。

 お帰りなさいと、当たり前のように出迎える青年と老犬を見て――

 その自然な行動に、萬狩は言葉が詰まった。

「あの、すみません。えぇと日差しがすごく強いですし、花壇の水分が干上がっていたから、水をかけないといけないなと思って」

 萬狩の沈黙を見た仲西が、途端に悪戯がバレた子供のように慌てて言葉を紡ぎ、弁解した。

「そしたら虹が出来てキレイで、シェリーちゃんも喜んだから、ついでだから水浴びでもさせようかと……。すみませんでした。正直、後半は楽しくなっちゃって、つい調子に乗ってはしゃいでしまいました」

 彼は萬狩の沈黙を非難と受け取ったのか、弁明を諦めて項垂れた。