「……どうしたものかな」
思わず呟き、萬狩は頭をかいた。この犬は人間の言葉を理解しているらしいが、それはそれで少しだけ厄介な才能だとも思う。
グランドピアノは、萬狩が定期的に埃を拭き払っているのでキレイなものだった。しかし、犬のためにピアノを弾くなんて発想はない。会社から来ているであろうメールの確認もこれからだったので、萬狩は、早々にその部屋を後にする事にした。
書斎室に戻ると、しばらくもしないうちにシェリーがやってきた。彼女は、机に向かって腰掛けたばかりの萬狩のズボンの裾を軽く口でつまんで、弱々しく引っ張った。
「何が言いたいんだ。俺は、お前に同情なんてしてやれないぞ」
萬狩はそう断言すると、苛々しながら席を立ち、本棚から一冊の文庫本を取って、真っ直ぐグランドピアノのある部屋へ戻った。
黒塗りのピアノ用の椅子にどかりと腰を降ろせば、萬狩の横でシェリーが丸くなり、ようやく落ち着いたように目を閉じた。なんだって言うんだ、全く、と萬狩は苛立ちつつも、犬が完全に熟睡するまでだと自分に言い聞かせて、文庫本を開いた。
数分ほどそうしていたのだが、椅子の高さが合わない事に気付いて調節した。ページをしばらく読み進めたところで、しっくりくる高さにあるピアノが、どうも気になってしまった。
萬狩は、文庫本をピアノの上に置くと、重々しい蓋を開けてみた。
そこには白と黒の鍵盤が並んでおり、一つをゆっくり押してみると、予想以上に大きな音が出て驚いた。
ギクリとして足元に目を向けると、寝ていたはずのシェリーが、ピンと耳を立てて顔を上げていた。非難するわけでもなく、静かな眼差しでじっと彼の目を見つめてくる。
「……俺は、ドレミしか分からん」
思わず愚痴れば、彼女が「ふわん」と、どちらともとれない声で鳴いた。勝手にすればいいさ、と萬狩は投げやりに手を振ってそれに応えると、今度は別の鍵盤を押してみた。
思わず呟き、萬狩は頭をかいた。この犬は人間の言葉を理解しているらしいが、それはそれで少しだけ厄介な才能だとも思う。
グランドピアノは、萬狩が定期的に埃を拭き払っているのでキレイなものだった。しかし、犬のためにピアノを弾くなんて発想はない。会社から来ているであろうメールの確認もこれからだったので、萬狩は、早々にその部屋を後にする事にした。
書斎室に戻ると、しばらくもしないうちにシェリーがやってきた。彼女は、机に向かって腰掛けたばかりの萬狩のズボンの裾を軽く口でつまんで、弱々しく引っ張った。
「何が言いたいんだ。俺は、お前に同情なんてしてやれないぞ」
萬狩はそう断言すると、苛々しながら席を立ち、本棚から一冊の文庫本を取って、真っ直ぐグランドピアノのある部屋へ戻った。
黒塗りのピアノ用の椅子にどかりと腰を降ろせば、萬狩の横でシェリーが丸くなり、ようやく落ち着いたように目を閉じた。なんだって言うんだ、全く、と萬狩は苛立ちつつも、犬が完全に熟睡するまでだと自分に言い聞かせて、文庫本を開いた。
数分ほどそうしていたのだが、椅子の高さが合わない事に気付いて調節した。ページをしばらく読み進めたところで、しっくりくる高さにあるピアノが、どうも気になってしまった。
萬狩は、文庫本をピアノの上に置くと、重々しい蓋を開けてみた。
そこには白と黒の鍵盤が並んでおり、一つをゆっくり押してみると、予想以上に大きな音が出て驚いた。
ギクリとして足元に目を向けると、寝ていたはずのシェリーが、ピンと耳を立てて顔を上げていた。非難するわけでもなく、静かな眼差しでじっと彼の目を見つめてくる。
「……俺は、ドレミしか分からん」
思わず愚痴れば、彼女が「ふわん」と、どちらともとれない声で鳴いた。勝手にすればいいさ、と萬狩は投げやりに手を振ってそれに応えると、今度は別の鍵盤を押してみた。