シェリーの外出は、萬狩がここへ住むようになってから初めてという事もあったせいか、翌日に獣医の仲村渠(なかんだかり)が診察にやってきた。

 しかし仲村渠老人は、老犬の体調面を気にしているのだろうと思っていた萬狩の推測を裏切るように、何度も「いいなぁ、海の散歩」と羨ましがった。自分の愛犬の如くシェリーを撫で回した後、なぜか食卓に腰かけて持参の熱いお茶を飲み――
現在も散歩の話題をしつこく続けていた。

「シェリーちゃんの体調が良いときは、一緒に散歩に連れていく事もありましたよ。仲西君ったら、前日にメールを寄越すんだもの。あれ、絶対に忘れていたんでしょうねぇ。都合が合わなくて本当に残念に思いました。シェリーちゃんは利口な子だから、リードを引っ張る事もしないでしょう?」

 仲村渠はリビングでお茶を飲み、勝手気ままに話している。彼は朝の九時にやってきたのだが、そうしている間にシェリーは縁側で横になってしまい、時刻もとうに十時を過ぎていた。

「えぇと、ナカンダカリさん? つまり、何が言いたいんだ?」

 萬狩は堪え切れず、持参してきた水筒のお茶を仲村渠老人が飲み干したところで、失礼がないよう慎重に問い掛けた。

 すると、仲村渠が途端に「察しなさいよ~」と、拗ねた子供のような目で萬狩を見た。

「つまり、私も呼びなさいという事ですよ」
「はぁ、なるほど……? いえ、あの、お仕事があるのでは?」
「あなたも、お仕事はされているでしょう? それと同じ事です。私だって一週間、毎日ずっと忙しい訳ではないんだから」
「都合の良い日を尋ねて欲しいというわけか?」
「そういう事です」

 仲村渠は、己の主張が伝わった事にようやく満足した様子で「ふぅ」と息を吐いた。