いつの間にかプランターはなくなっていて、花瓶に花がいけられるようになった。子供達が大きくなる頃には、室内から花の匂いは消えていて、妻も花の話題は口にしなくなっていた。

 萬狩は、これまで仕事一本で生きてきた。実用品の他に興味がなく、好んで買い揃えていた品物もなければ、趣味も持っていない。

 だから、味気ない庭先に不器用な手製の花壇があって、そこに花が並んでいるだけで、いつもの場所が一際違って見えるのが、一体どういう事なのか分からないでいた。

「色が、あるなぁ」

 専門家がキレイに整えたものでもないのに、彼には、自分が作り上げたいびつな花壇が、何だか素晴らしい物のように思えて、語彙のない自身の感想を口にした。

 犬に話し掛けるなんて、普段の自分らしくない事をしている自覚はあったが、萬狩の心はひどく落ち着いてもいた。ちらりと目を向ければ、シェリーが、まるで「聞いていますよ」というような、穏やかな流し目を寄越してくる。

「お前は大人しい犬らしいが、苦労して作った花壇なんだから、踏み荒らしたりするなよ」
「ふわん」

 萬狩は、思わず苦笑した。

 こいつは、まるで人の話を理解しているようじゃないかと、そう錯覚してしまった自分に少しだけ呆れてもいた。

「普段から、あまり吠えない奴だもんな。まったく、勘違いしそうになるから、タイミング良く答えるもんじゃないぜ」

 萬狩が煙草を取り出す傍らで、シェリーが誇らしげに再び「ふわ」と鳴いた。

             ※※※

「萬狩さんは、お一人なんですか?」

 パンジーの花が庭先で見られるようになってから、一週間以上が過ぎた頃、リビングでシェリーの身体を丁寧に拭いていた仲西が、唐突にそう訊いてきた。

 萬狩はちょうど、二杯目の珈琲を飲みながら、会社から送られてきた資料に目を通していて、突拍子もないその質問を理解するのに数秒ほどかかった。