妙だなと思いつつ数日が過ぎたところで、萬狩はようやく、彼女がクッキーを催促しているのだと気付けた。

「くそっ、味をしめたのか」
「ふわ」

 あまりにも不定期に催促されるものだから、萬狩は、ポケットにクッキーを忍ばせるようになった。萬狩は庭に関しては、入居時から変わらず負けじと雑草をせっせと刈っているのだが、その折りの催促は特に憎たらしいのだ。

 しかも、クッキーは手渡しなものだから、手が涎だらけになるたび、萬狩は愚痴をこぼしながらズボンで拭った。

 食事の量が増えて体調が良くなったのか、シェリーは、萬狩に向かって飛んでくる事も増えた。彼がせっせと雑草をむしっていると、大きな身体で背中にタックルしてくるのだ。勿論、心構えもない萬狩はそのまま転倒し、尻餅をついたまま彼女を振り返り叱った。

「やめんかこのバカ犬が!」

 怒鳴っても、シェリーは心持ち楽しそうな顔で、「ふわふわ」と鳴いて優雅に歩いていってしまう。彼女は庭先に新しく設置されたテラス席のテーブル下の陰に腰を降ろし、痛む身体を起こしながら愚痴る萬狩を悠々と眺めたりもした。

 月曜日の早朝にも似たような事があり、萬狩は、獣医よりも早くやってきた仲西に思わず愚痴ってしまった。

 すると、仲西は「いい事ですよ」とシェリーを褒めるように撫で回した。

「最近は体調も良いみたいだし、元気な証拠です」
「別に、俺は嫌味をいっているわけではないんだが、こう、躾られていた犬の何かが崩れていっているんじゃないかと、そう危惧しただけであって……」
「それだけ萬狩さんに気を許している証拠ですよ。まぁ僕は以前の飼い主さんが生きていた頃のシェリーちゃんを知らないから、想像の範囲内でしか言えないんですけど」

 その日、遅れてやってきた獣医の仲村渠も、最近のシェリーの体調については、こう褒めた。