「後悔しているのかね、シェリー? あの時、彼女が乗せられた救急車を、そのまま見送ってしまった事を……?」

 仲村渠が、老犬を深い慈愛の滲む眼差しで見降ろし、どこか寂しげな微笑みを浮かべた。

「でも、仕方ないじゃないか。身体に悪いところがあれば、病院へ行かなければ良くはならない。お前も、それは知っているだろう? 今度も、彼女はきっと元気になって戻って来ると、私達は、誰もがそう信じて――信じて、願って、そう疑わなかったんだよ」

 語る老人の声は、涙を堪えるように深く優しくて、萬狩は、「ああ、彼は前家主と浅い付き合いではなかったのだろう」と気付いてしまった。

 シェリーはきっと、女主人が自分を迎えに来てくれる事を信じて、願っていたのかもしれない。

 萬狩は、先程初めて自分から触れた老犬の温もりを思い出しながら、入り込めないような事情を知る老人と老犬の触れあいを、見つめている事しか出来なかった。

        ※※※

 シェリーの食が細かった二日間、萬狩は<付きっきりで彼女の食事の様子を見る事となった。仲村渠から「シェリーちゃんの食欲が戻るように、不安がなくなるように」と追加指示を受け、彼女が食事をする時は、不器用ながらに彼女の頭を撫でた。

 シェリーの毛は柔らかく、その下にある頭は、思っていた以上に固かった。

 恐らく、若い犬に比べて肉付きが細いせいだろう。彼女の食が細い間は、そばに座って頭を撫でてやらないと、ほとんどご飯を食べてくれなかったので、萬狩は素直に獣医の指示に従って動いた。

 激しい雨は三日三晩続いたが、次第に天気も回復した。シェリーも食欲が戻り始め、三日目からは、変わらぬ日常生活を送り始めた。

「お前、風呂に入ると細っこい小さな犬になるんじゃないか?」