「ふん、権利による収入の大半があっちに回るんだ。――全く、持っていたセカンド・ハウスの価値があんなものだとは思わなかった。結局三分の一も手元に残らないんだぞ。あれにも税金、これにも税金。考えてみたら、少しどうだろうと思うぜ。どこへ行っても、あいつへの愚痴の種が転がっているようで……」

 萬狩はそこで、若い頃よりは少し贅肉のついた怒り肩を、ほんの少しすくめ、相変わらず眉間に消えぬ皺を刻んだまま短い息を吐いた。

「確かにあいつは、何もかもがパーフェクトな、出来がよすぎるぐらい頭の良い女だったよ。だからこそ俺にとって、人生最大の強敵になりえたわけだが」
「君の奥さんは、事業まで始めちゃう凄い人だったからねぇ」

 谷川がのんびりと言い、萬狩は更に顔を顰めて、舌打ちまでした。

「お前は他人事だから、そうやって感心できるんだろ。とにかく、あいつが通い詰めていたブランド店だとか、高層ビル群だとか、そいつらを見るたびに、こっちは思い出して嫌な気持ちになるんだ。正直、そんな事を考えている自分にもうんざりしているし、しばらくは遠くで過ごしたい気分だぜ」

 語る萬狩の声は、次第に弱くなった。

 長く続いた裁判で、萬狩は疲れ切ってもいたのだ。愛情も執着もなかったはずなのに、いざ離婚が成立すると、胸にぽっかりと穴が空いたような違和感も発生していた。

 実に不可解だ。酒を飲んでも、仕事に没頭していても何かが欠けちまったような違和感がある……

 繊細さも器用さも持ち合わせおらず、これまでじっくり自分の事を考えた事もなかった萬狩には、その正体が分からないでいた。

 すると、穏やかな雰囲気で話を聞いていた谷川が、萬狩が落ち着いたところで、ここぞとばかりにニッコリと微笑んだ。

「面白い話があるんだけれど、ちょっと聞いてくれないかい?」