萬狩はそれを受け取りつつ、避難所の場所を確認した。足を運んだ事もない場所だったが、地図を見れば辿り着けるらしいと感じて、萬狩は、彼らに一つ肯いて見せた。

「わざわざどうも……」
「いえ。以前、街へと続く道に土砂が流れてしまって、交通手段が絶たれてしまった事があったものですから。まあ、五年も前の話なんですがね」

 彫りの深い浅黒の中年男は、そう言って困ったように笑った。隣にいるのは新人警察官だろうか。見るからに若く、その瞳は豪雨の中でも、正義感できらきらと輝いているように見えた。

 その時、一組の足音が萬狩の耳に入った。ハッとして振り返った矢先、視界を過ぎる大きな黒い影に気付いたが、萬狩が対応する間もなく、それは宙を飛んで外へと躍り出てしまっていた。

 室内から弾丸の如く飛び出していった大きな影は、老犬のシェリーだった。若い警察官が慌てて取り押さえようとしたが、砂利に足を取られて激しく転倒してしまう。

 家を飛び出したシェリーは、視界の悪い中、警告灯の回るパトカーの横に回り込むと激しく吠え始めた。激しい雨に身を打たれながら、耳と尾を垂らし、刃を剥き出しに感情を露わにするその姿は、獰猛な番犬を思わせた。

「やめないか!」

 萬狩は、シェリーを止めるべく素足のまま家を飛び出した。

 老犬を落ち着かせようとそばまで来たものの、いざ目の前にすると、興奮しきった犬相手に萬狩は戸惑った。すると、中年の警察官がすかさずシェリーの背に飛びかかり、上から抱きしめるように彼女を羽交い締めにした。

 中年の警察官は、こういった中型犬の対応に慣れているようだった。例えば、それは警察犬の扱い方でもあるのかもしれない。激しく身をよじる中型犬を相手に、彼は、がっちりと抑え込んで離さないまま「どうどう」と言った。