いつの間にか時間も忘れて、萬狩は作業に没頭した。

 先程まで近くを歩いていた老犬の姿が、見えない事に気づいてようやく手を止めた。最近、あの老犬が目の届く範囲内にいる事が普通になってしまっていたから、姿がないと知らず目で探すようになっていたのだ。

 辺りを見回した萬狩は、ふと、自分の腹の虫が鳴く音を聞いて、時刻を改めて確認したところで、シェリーの昼食時間を少し過ぎてしまっている事に気付いた。

 しまった、と思いつつ靴を脱いでリビングに上がれば、老犬は自分の食事場となっている、銀の皿の前でうつ伏せになっていた。

 犬というものは、決まった時間にメシを食べるらしいが、不貞腐れたような姿は如何なものかと思われた。まだ知り合って三週間と少しとはいえ、一緒に暮らしているのだから、ご飯の催促ぐらいしてくれれば、萬狩だってこんなに待たせる事はなかったはずである。

「全く、大人しすぎるのも問題だなぁ」

 萬狩は頭をかき、愚痴りつつも老犬の食事を用意し、ついでに自分には即席のサンドイッチを作った。シェリーは腹が減っていた割には、丁寧に咀嚼してゆっくりと食べた。

 食事をしていた萬狩は、ぽつりぽつりと雨粒が落ちる音に気が付いた。先程まで青空が見えていた空を見れば、頭上に大きな雨雲の群れが集まっている。

 ほんの短い間に、バケツをひっくり返したような勢いで激しい雨が始まった。萬狩は、お気楽な老犬を尻目に、大急ぎで屋中を駆け回って全ての窓を閉めた。

 リビングに戻って来ても、老犬は相変わらず食事中だった。タオルで腕や顔にかかった雨の雫を拭いつつテレビをつけると、動物を追ったテレビ番組をやっていた。様々な犬達の喜怒哀楽の様子に加えて、犬達が興奮した際の飛び跳ねるシーンが流れていた。