「そうですねぇ。前の家主様は生粋のお嬢様育ちで、何かと品のある人でしたよ。時々、庭先で育てたハーブでビスケットを焼いていましたねぇ。家には専門のお手伝いさんみたいな人が数人はいたけれど、趣味でやっていた家庭菜園で、重い肥料の運搬なんかは手伝ったりするぐらい、行動力のある女性ではありましたねぇ」

 そばでシェリーの濡れた身体をタオルで拭いていた仲西青年が、小首を傾げつつ「そういえば」と言った。

「前任の大城(おおしろ)さんからは、行動力のある活発な方だったと聞いた事がありますよ」

 二人の話を頭で整理し、萬狩は「ふむ」と顎を触った。

 つまり、前家主であった女性は、この広い庭を花や野菜で楽しんでいたという事だろうか。しかし、それにしては広すぎる。老犬がいる間は大きく手を加えられないから、小屋も建てられないしなぁ……

 萬狩の眉間の皺を見て取った仲村渠老人が、それを庭の手入れの悩みだと勘違いしたのか「一度、専門の方に手入れさせてはいかがでしょうか」とアドバイスした。

「一度きれいに整えてもらいながら、手入れの仕方を専門家に習ってみるのも近道かと思いますよ」

 人の良い獣医は顔を柔和にやわらげて、ふんわりと笑った。萬狩は小さな声で「考えておこう」とだけ答えた。

 彼らが帰った後、萬狩は庭について少し考えてみたが、不思議と獣医の言った方法を取ろうとする気が起きなかった。不動産からは、家の管理や整備に必要な連絡先が全て記されている電話帳をもらってはいたが、結局、彼がそれを開く事はなかった。

         ※※※

 翌日の午前中は晴れていたので、萬狩は、その時間を使って一部の雑草を刈り取った。ついでに家の周りに伸び始めていた雑草も、軍手をはめた手で引き抜いていくという地道な作業を行った。