沖縄は六月の上旬から梅雨が始まり、雨の日が続いた。

 雨が降るたび蒸し暑さは増し、窓を開けると途端に雨が入り込んできてしまう事もあって、自宅内の冷房機はフル稼働だった。

 一週間前に庭の手入れをしたはずだったが、数日振りに晴れて庭先へ出た萬狩は、そこに空き地のような原っぱが広がっているのを見て愕然とした。

 黄色い蝶が数匹飛んでいて、足を踏み込むと、一匹ときかないバッタが跳ねる。

 緑が再び豊かになった庭のド真ん中で、思わず沈黙する萬狩の隣を、シェリーが通り過ぎて庭の散策を始めた。彼女は蝶を追っているのか、跳ねたバッチを捕えたいのかは分からないが、時折、鼻先を上に向けて匂いを嗅ぎ、「ふわ、ふわわ」と例の個性的な声で鳴いた。

 晴れた庭先で衝撃を受けたその日は、獣医と青年の訪問日でもあった。萬狩はすぐに庭に着手出来ず、ショックの余韻が続く中、別々の車でありながら、偶然にも揃ってやって来た老人と青年を迎えた。

 仲村渠(なかんだかり)獣医が、老犬と付き合いが長い事を思い出したのは、ちょうど仲西青年がシェリーの風呂を終えたタイミングで、仲村渠老人が帰り支度を始めたところだった。

 萬狩は、それとなく前家主について老人獣医に尋ねてみた。老いた彼は、少し驚いたように萬狩を見つめ「前の家主様について、ですか……」と口の中で反復した。

 その声色は含むものを感じたが、のんびりとした老人獣医の表情はよく読めなかった。彼は数秒ほど華奢な顎を撫で、それから、人の好きそうな笑顔で萬狩に向き直った。