リビングに戻った時、萬狩は、隅に置かれたままのビーチボールに気が付いた。仲西に返すのも気が引けて、空気を抜いてから、棚にでも仕舞ってしまおうかと考えるが、自分には、もう使い道がないとも知って、行動に移せなかった。

 思えば、シェリーは家具を壊したり傷つけたりする事もない、きちんと躾られた利口な犬だった。

 気兼ねなく一人で留守番させる事は出来ない高齢犬だったが、それでも、トイレ用品やベッド代わりの籠や、ご飯場をどかすだけで、こんなにも彼女と過ごした日常は、遠のいてしまうのだ。

 それでも、どこに足を運んでも彼女との思い出が染みついていた。

 萬狩は、リビングから縁側へと降りて、そこから見える花壇に、再び込み上げる胸の痛みを紛らわそうと煙草を取り出した。

 震える手で火をつければ、寝不足の目に煙草の煙が沁みた。足元に老犬の姿がない事が、寂しくて仕方がなかった。

「……あ~、くそ。煙が目に沁みるなぁ」

 萬狩は顔を顰めながら、煙草を吹かし、流れてくる涙を袖で拭った。

        ※※※

 十二月の第一週の日曜日に予定していた、焼き芋パーティーは、当然のように自然消失した。

 老犬が逝ってしまった二日間、萬狩は何もしなかった。しかし、二日ほどで落ちつき、朝はパソコンに向かって仕事を行い、午後は、花壇と庭の雑草むしるという一人の生活を始めていた。

 少しは大人しくさせてくれるだろうと考えていた萬狩だったが、シェリーが亡くなって三日が経った月曜日、仲西青年が、いつもの時刻に彼の家にやって来た。

 仲西は、萬狩の顔を見るなり泣き崩れ、聞きとれない言葉で、ご冥福をお祈りする、といった感じの台詞を口にした。お前、そんな難しい言葉を使えたんだなと萬狩がポツリと口にすると、仲西青年は、泣きながらどうにか苦笑を浮かべてくれた。