愛してしまえば、別ればかりが辛くなる。だから萬狩は、大学の門の前で死んでいた野良猫や、駅前で救われないように死んでいった野良犬に、痛む胸に気付かない振りをして「ペットなんか飼うものか」と宣言し、自分は強い人間だと言い聞かせて、人生を突き進んできた。

 萬狩は、彼女の柔らかい体毛に両手を埋め、名を呼んで抱き寄せた。安心しきったシェリーの幸福そうな寝顔を見て、また涙が溢れた。

 これまで一緒に過ごした日々が、堰を切ったように胸の内側から溢れ出して、ほんの数分前までの事なのに、彼女の瞳や鳴き声が、もう無性に懐かしくて堪らなかった。

 もう一度、目を開けて欲しいと思った。

 犬らしかぬ、ふわふわとしたあの鳴き声が聞きたかった。

 晴れた夜空から降り注ぐような星々を、一緒に眺める夜が本当はとても好きだったと、そう言葉にして伝えたいのに、もう彼女の反応を見る事も叶わないのだ。

 萬狩は、泣きながら彼女の身体を丁寧に横たえた。「おやすみ」と告げ、彼女が寂しがらないよう、その頭を撫で続けた。

 空が白み始めて、外は次第に明るさを増した。

 シェリーの身体からは熱が抜け、もう、ここにはいないのだという実感が彼の手にも伝わっていた。それでも、萬狩は、彼女が寂しがらないよう、その頭をゆっくりと撫で続けていた。

 彼は泣き疲れたままの頭で、自分がしなければならない行動をぼんやりと思い浮かべた。

 シェリーと過ごせる時間は、きっと、もう数時間もないだろう。例の弁護士が、前飼い主に頼まれた通りの手配を早々に済ませてしまうに違いないのだから。

 電話機へと目を向けた萬狩は、シェリーと出会ってから、最期の日までの生活を振り返った。

 温もりのなくなった老犬の身体を撫でながら、視線を彼女の方へと戻し、「可愛いかわいい、シェリー」と、仲西がよく口にして伝えていた言葉を、己の唇から、もう一度紡ぎ出した。

「――俺は、お前と過ごした日々が、何よりも愛おしかったんだ」

 噛み締めるように呟いた。