シェリーは、まるで深く熟睡するように、萬狩の呼び掛けにも動向にも応えなくなった。彼が煙草に火をつけようとして、震える手で誤ってライターを取り落としてしまっても、ぴくりとも耳を動かさない。

 老犬の呼吸音が、耳で分かるほどハッキリと、静かになっていくのが萬狩には分かった。彼は、知らず息を殺して、耳を済ませていた。

 老犬の浅く細い呼気が、一呼吸ずつ間隔が長くなっていった。呼吸するたびに膨らんでいた胸の膨らみは、それに対して、徐々に小さく小さくなり始め――

 そして、とうとう、最後に彼女がすうっと長く息を吐き出した後、その音がピタリと止んだ。

 老犬の胸は、もう動かなかった。鼻の先に手を当てても、そこに触れる吐息はない。

 萬狩は数秒ほど息を呑み、手をとめていた。

 震える吐息を大きく吸いこんで、彼は、まだ暖かい彼女の頭にごきちなく触れた。まるで、シェリーは眠っているだけのようだった。彼女はひどく穏やかな顔をしていて、その身体も暖かかった。

 触れる体毛は柔らかく、鼻先は濡れてもいるのだ。それなのに、もう心臓が動いていないなんて、そんなのは嘘だろう?

 萬狩は、両手で彼女の顔に触れ、不器用ながらに優しく撫で回した。くったりとした首は重く、先程まで鼻先から聞こえていた愛しい呼吸音は、もう聞こえない。

「シェリー。……『可愛いかわいい、シェリー』…………」

 彼らが簡単に口に出来ていた言葉を、初めて口にした彼は、そこで頃えきれずに泣いた。どんなに冷静に受け止めようとしても、涙は次から次へと溢れて、止まってはくれなかった。

 だって、しょうがないのだ。彼女が彼を主人として受け入れてくれた時から、後ろをついてくるようになったその健気な姿に、萬狩は、もう随分と早い頃から情が湧いてしまっていたのだ。