目を閉じていると、それは幼い子供の細い悲しげな泣き声にも聞こえて、それが堪らなくて、萬狩はシェリーが細い声を上げるたびに頭を撫で、首あたりに触れて、宥める事を繰り返した。

 それが十数回続いた後、萬狩は身を起こした。

 シェリーが意識を手放している短い時間を使って、珈琲を淹れ、彼女の籠のそばに座り直す。シェリーの浅い眠りが、短くなってきたことを感覚的に察していた。

 テレビからは、馴染みの通信販売が始まっていて、時刻は既に明朝に差し掛かる頃だった。

 萬狩は珈琲を飲みながら、シェリーの目がゆっくりと開かれるたび、彼女を優しく撫でた。俺はここにいるぞ、と手と声で温もりを教えると、彼女は、少しだけ安心したように目を閉じてくれる。

 テレビが砂嵐になったのは少しの間で、三十分もすると、土曜日の早朝一番の番組が始まった。萬狩は、眠たさと疲労に充血した目でそれを眺め、現在の時刻が、朝の四時半である事を知った。

 けれど、寝る訳にはいかないのだ。

 室内ではしないと決めていたのに、まだ結婚していなかった時代を思い出しながら、萬狩は、あの頃のようにその場で煙草に火をつけて吸った。煙草の煙が、つんと鼻に沁みた。

 通信販売の番組が中盤に差し掛かった頃あたりから、次第に、老犬の呼吸が落ち着き始めた。

「シェリー?」

 そう声を掛けると、僅かに彼女の目が開かれて、微笑むような顔で「ふわ」と、いつものような鳴き声が返ってきた。それからシェリーは、どこか満足げな様子でまた目を閉じる。

 萬狩は、良い方に物事を考えようと務めた。けれど、呼吸が安定するほどに、シェリーの身体から力が抜け始めている事が分かって、彼の心臓は震えた。

 寝ている間もずっと、彼の気配を探るように時折動いていた彼女の耳も、鼻先も、それから数十分すると、反応がなくなり始めた。