妙な事を思い出すもんだ。萬狩は、そう思いつつ立ち上がった。

「おいで、シェリー。少し、風にでもあたろう」

 彼はこの老犬を、日常生活から遠ざけてしまうような事をしたくなかった。だから、そう声を掛け、シェリーが動くのを待った。

 シェリーは耳を立て、尻尾を振り、それから――ゆっくりと彼の後を追い始めた。

 いつものように、一人と一匹で、リビングの窓を開けて外に出た。外は冷気が満ちて静まり返り、雲一つない星空が、彼らを見降ろしていた。

 細い三日月がやけに眩しくて、照らし出された花壇のヒナギクがよく映えていた。

 萬狩と老犬は花壇の前まで進み、しばらく一緒に庭を眺めた。シェリーは、遠い昔を思い出すように、ゆっくりと一つ一つの方向へ顔を向けた。それから、彼の足に頭を擦りつけて踵を返した。

 もう十分らしいと分かって、萬狩も、彼女と共にリビングへと戻った。

 籠に入ったシェリーは、数分もすると、また不安そうに「くぅーん」と鳴き始めた。眠るのが怖いのか、と萬狩が小さな声で問い掛ければ、肯定とも否定とも取れない様子で、老犬は細い声で啜り鳴いた。

 彼はダウンジャケットを着込むと、彼女の顔が見える位置で横になり、その頭を長らく撫でながら、何度もこう言い聞かせた。

「大丈夫だ、俺はここにいる。どこにも行かない。また午前三時に、いつもみたいに夜空の観賞でもしようじゃないか。お前がその気なら、もっと早くに起こしてくれても構わないから」

 撫でる腕が痺れ始めた頃、シェリーは、ようやく寝入ってくれた。萬狩も、自然と眠気に襲われて、少しの間だけ眠った。

 眠りは浅く、短かった。

 彼は少し経った頃に、また「くぅーん」という鳴き声に意識を起こされた。