「今日は、リビングで寝ようと思ってな。何、俺だって、そういう気分になる時もある。だから、少し待ってろ」

 きっと、シェリーはもう寝室に向かう事さえ辛いのだ。だから、こうして萬狩を引き止めるのだろう。

 萬狩は半ば駆けるように寝室に向かうと、毛布と彼女の籠、それからブランケットと厚地のダウンジャケットを引っ張り出してリビングに運び込んだ。シェリーは彼が姿を見せるまで鳴き続けていて、その声は萬狩に、世界が終わるような悲しみと不安を伝えてきた。

 彼は、彼女のベッドになっている例の籠を、ストーブの熱があたる危険にならない位置に置いた。籠の中にあるクッションの上にブランケットも敷き、その隣に、自分が横になれるよう毛布を整え置く。

 シェリーは、少し落ち着かない様子だった。瞳は眠そうにして力がなかったが、萬狩がリビングの電気を消しても、しばらく足を引きずりリビングを歩いた。

 テレビの音量を下げて、その明かりだけを頼りに、萬狩はシェリーの行動を見守った。

 彼女は、萬狩がいる位置を何度も確認しながら、二メートルの範囲内を歩き回り続けた。床の匂いを嗅ぎ、時々立ち止まって前足の片方で砂を掘るような仕草を見せ、また歩き始める。

 そういえば、昔、長男が夜泣きをした事があったなと、萬狩は、不意にそんな事を思い出した。

 翔也は年末に生まれた子供なのだが、妻が念のためにと入院待機したその夜、和也は不安がってなかなか寝付けなかった。

 当時、萬狩は今と同じように毛布を引っ張ってきて、リビングのテレビだけをつけて和也をソファの隣に座らせた。一緒に暖かい毛布にくるまって、何をする訳でもなく、テレビを眺めて過ごした。

 テレビが通販番組だけとなり、暇を感じ始めた頃に、和也はようやく寝入ってくれたのだ。それは、父と幼い長男だけで過ごした、ひどく静かな年の暮れの夜だった。