「ぼくが住んでいるマンションから、近い地区なんです。来年から入居できる新築物件で、那覇までの道のりも難しくないから、彼女がそれでいいと言ってくれていて――」

 ピアノの事もバレてしまったので、教室も今年いっぱいで辞めるつもりなんです、と古賀は静かな口調で続けた。新居に電子ピアノを置き、続きは彼女に教えてもらう予定があるらしい。

 萬狩は、とくに感情も込めず「そうか」と答えた。

 少し庭をシェリーと歩き進んでいた仲西が、そのやりとりを聞いて振り返った。萬狩は、仲西の視線に気付かない振りをして、二本目の煙草に火をつけた。

「距離も遠いから、大変だったろう」

 シェリーのために、古賀は中部地区から車を走らせてきたのだろう。数十分の距離とはいえ、距離を数字で叩きだせば随分遠いのだと分かる。

 夜空に顔を向けていた古賀が、大きく息を吸い込み、それを吐き出して萬狩の方へ顔を向けた。勇気を振り絞るように表情を引き締め、緊張に上ずった声で「あの」と声を出す。

「ピアノ教室は辞めてしまいますけど、その、えぇと、……友人の家だから遊びに来てもいいですかッ」
「お前、後半の日本語が怪しいぞ。少し落ち着け」

 萬狩が呆れた指摘すると、古賀は「間違えたッ」「そのうえ噛んだッ」と頭を抱えた。見守っていた仲西が、「なぁんだ、そんなこと」と目尻を下げるように笑った。

 萬狩も、古賀が言わんとする事は分かっていた。それがシェリーに向けられたものでも、自分に向けられたものであったとしても、それを一方的な決め付けで否定できるほど、萬狩は、以前のように自分に疎くはなかった。

「――友人の家に遊びにくるのは、普通の事だろう。あいつなんて、用事がなくても飯を食っていくんだぜ」