けれど気は抜けないでしょう、と仲村渠老人は正直に話した。今日で体調が急変するかもしれないし、また持ち直すかもしれない。ハッキリとは断言できないが、何かあれば連絡を下さい、と告げて帰っていった。
 
 呼吸は少し速いものの、シェリーは、普段のように少し疲れただけという感じで過ごしていた。萬狩が部屋を出れば、普段よりも遅い彼の歩みに合わせて後をついてくる。庭に出て煙草を吸えば、その足元に座って花壇を眺め、庭先を少し歩き回る事もした。

 萬狩は少し迷ったものの、黙っておくのは、この老犬に愛情を注いでくれた相手に失礼だろうと思い、仲西と古賀にも連絡を入れた。

 青年組は、昼頃にやって来た。彼らは心配させまいとする顔でシェリーの名を呼び、いつものように彼女を撫でて、抱き寄せた。

 けれどシェリーに触れた時、仲西の目は、僅かに揺らいで濡れた。彼は専門知識や経験があるからこそ、仲村渠と同じものを感じ取ってしまったのかもしれない。

 それでも仲西は、古賀やシェリー自身に悟られるまいと、震える声をどうにか持ち直して「シェリーちゃん」と笑い掛け、「可愛いかわいい」と言って抱き締めた。

 仕事がある仲西青年は、後ろ髪を引かれるような顔をして「また、夜には顔を出しますね」と一旦出ていった。残った古賀が、「ピアノを弾いてみたいです」と言い、萬狩とシェリーと共にグランドピアノのある部屋へと足を踏み入れ、そこにしばらく腰を落ち着ける事になった。

 古賀は、萬狩よりもスムーズに鍵盤を叩けるようになっていた。古賀は、部屋にあった古い楽譜の中から、習っているという複数の曲を演奏してくれた。恥ずかしいけれど、と前置きした彼の伴奏は、ぎこちないが萬狩よりも上手く、シェリーは、楽しげに聞き入っていた。