そのビーチボールは、仲西青年がバーベキューの後日から、萬狩宅のリビング奥に常備しているものだった。仲西は前回の一件で、シェリーがボール遊びを好きだと知り、遊べる時に利用できるよう彼女にプレゼントしていたのだ。

 最近は、体力の落ちたシェリーを気遣って庭先で軽く転がす程度だったが、彼女は、確かにそれを気に入っていた。

 萬狩はそう思い出し、「利口な犬め」と顔を顰めた。それから相変わらずの仏頂面で、彼女のボール遊びに付き合った。

 萬狩がボールを弱く転がすと、シェリーは若々しい犬のように飛び跳ねてボールを追いかけ、鼻先で押しながら戻ってくる。何が面白いのか分からないが、萬狩は、彼女の気が済むまでその遊びをさせた。

 軽いビーチボールが草の上で鈍く跳ねて、その様子にシェリーが興奮し「ふわ、ふわんッ」と楽しげに鳴く様が何だか可笑しくて、萬狩は「バカだなぁ、そいつは自分で動いているわけじゃないんだぜ」と言って笑ったが、何故か、悲しくもないのに、唐突に涙腺が緩んでしまった。

 はて。一体、俺はどうしちまったたんだろうな。

 萬狩は自分が分からず、目頭を揉みほぐした。自分の足元にビーチボールを帰還させたシェリーが、得意げに胸を張る様子を見降ろした。

 今日は彼女が随分と、生命力溢れた生き物のように見えた。

 まるで、ちっとも平気な若い犬みたいに元気じゃないか。

 今週末の焼き芋パーティーも、クリスマスも、年末も正月も、当然のように、この老犬もいるのだと思えるような様子だった。けれど萬狩は、それがただの錯覚感なのだと気付いて、胸が締めつけられた。

 今週末の催しという近い未来を想像しても、何故かそこに、シェリーの姿を探す事が出来なかった。萬狩は、足元にいる元気な様子の彼女を見つめ、懸命に想像力を働かせたが、何一つイメージが浮かんでこなかった。