「ウチに小さなドラム缶がありますから、私の方で持って来ましょう」
「じゃあ、僕と古賀さんで芋を用意しますッ」
「ついでに焼き網も持ってきて、魚と茄子を焼いて頂きましょうかねぇ」

 仲村渠老人は、口の中で独り言のように予定を反芻しながら、壁に掛かっているカレンダーへと向かった。もはやカレンダーの書き込みの許可もとらなくなって久しい光景に、萬狩は、自分の知っている常識を主張する事を諦めた。

 いつもと変わらない日常が、いつものように続いていた。萬狩は、そのように思っていた。

 仲村渠がカレンダーをめくって予定をかきこむ様子を眺めながら、今週末にはもう十二月に入っているのか、と意味もなく考えていた。

 萬狩は、一ヶ月ほど続いていた緊張感を、やや忘れ掛けていたのだ。仲村渠(なかんだかり)と仲西が、焼き芋の段取りを話す声を聞きながら、その日が当たり前に来るだろうと、彼はこの時、微塵にも疑っていなかった。
 
        ※※※

 十二月に入ったばかりの木曜日、萬狩宅の気温計は十八度となっていた。

 仲西青年はマフラーを装備し、会社から支給されたジャケットの上から、さらにプライベートで使用している厚地のダウンジャケットを着込んだ姿で、玄関をノックするなり逃げ込むように萬狩の家に上がった。

「萬狩さんッ、ものすごく寒いです!」
「見れば分かる」
「家の中が、まるで天国のように感じます!」 

 仲西は赤くなった鼻を啜ると、真面目なでそう言った。

 急激に冬の気候に入った沖縄は、先日と先々日の夜に雨が降ってからというもの、冷え込みが急激に厳しくなったのを、萬狩も感じていた。

 仲西青年が、暖房の効いた彼の自宅へ逃げ込むように入ってきたその日、シェリーは、朝から機嫌が良かった。夜中に起きる事もなく、朝ごはんもしっかりと食べた。