萬狩が、鍋パーティーのプロポーズに気を取られて、古賀からサインをもらい忘れていた事に気付いたのは、日中の平均気温が二十五度も届かなくなった十一月の上旬だった。

 すっかり朝明けの遅くなった薄暗い早朝、郵便ポストに入っていた官製ハガキを見て思い出した。そこには、名字を旧姓に戻した元妻の名前があり、白紙の目立つハガキの裏面にたった二言『もう一度だけ書くわ。サインを送ってちょうだい』とあった。

 お前、そんなに猛烈なファンなのか?

 実に不思議でならない、と萬狩が重い気分でパソコンを立ち上げると、長男の和也からも久しぶりにメールが届いていた。そこには、『母さんが、ハガキを見て対応しろと言っている』と、短文が打たれていた。

 十一月に入ってから、シェリーは少し食が細くなっていた。萬狩は彼女に小まめに食事を与え、毎夜、彼女が起きる時間帯には目覚める生活に変わっていたので、朝は睡眠不足もあって頭痛に悩まされていた。彼は元妻からの便りと、息子からのメールを見て、余計に悪化しそうだと頭を抱えた。

 ようやく古賀からサインをもらえたのは、翌週の月曜日だった。

 古賀は恥ずかしがりながらも、萬狩と仲西、仲村渠が物珍しげに様子を見守る中、慣れたようにサインを書いた。読者プレゼントで書かされるから、すっかり慣れてしまったのだと、本人は、はにかみながらそう言った。

 仲村渠が「そろそろ短い秋から、季節も冬らしく変わってきますよ」といった数日後、沖縄は、晴れ間のない小雨の振る日々が続いた。

 気温も数字で見えるほど穏やかに下がり始め、雨が落ち着き出した十一月の下旬には、ジャケットが必要になった。

 自宅内も、暖房が稼働するようになった。萬狩の家は山の上にあるせいか、時間帯によって気温の下がり方が激しく、朝は特に冷えた。