仲西青年は、シェリーへのマッサージに仕上げをかけながら、ゆっくりと獣医の名を口にした。

「ナカンダカリ、ですよ」

 萬狩は数秒ほど口の中で反復し、しっかりと記憶に刻みつけたが、しばらく考えても漢字までは頭に出て来なかった。

         ※※※

 三回目に、仲村渠老人と仲西青年の訪問があった際も、萬狩は他人が家の中にいる事に慣れず、しばらく傍で見守っていた。

 すると老人獣医が、煙草の灰皿を下に置くのは避けて欲しいとのんびりした口調で、実に動物に優しい正論を指摘してきたので、彼らに家を任せている間に、萬狩は渋々、家具店まで車を走らせた。

 萬狩の家がある地域に家具店はなかったので、彼は、わざわざ南下する形で沖縄市まで車を走らせ、そこで高さのある立派な灰皿を購入した。

 ついでとばかりに、テラスに置けるテーブルセットを購入して配達の予約も入れたのだが、家具店に足を運ぶのは久しぶりの事で、つい見て回ってしまった。店内のカフェで珈琲とサンドイッチも堪能してから、彼は岐路についた。

 車に乗り込んだところで、萬狩はようやく現在の時刻を確認して「しまった」と慌てて車を走らせた。平日の330号線は車が多く、彼は別の道でも長い渋滞に遭遇してしまい、帰宅した頃には午後三時を大きく過ぎてしまっていた。

 獣医は既に帰ってしまっていたが、仲西青年が縁側に腰かけていて、シェリーへ丹念なブラッシングをかけていた。老犬の日課である三時きっかりの食事に関しては、行ってくれたらしいとの事で、萬狩は戸惑いながらも礼を述べた。

「大丈夫ですよ。元々、僕らの方でローテンションを組んで面倒を見ていたので」
「……随分金が掛かっているんだな?」
「さぁ、どうですかね。僕は亡くなったお婆さんを知らないけど、それだけシェリーちゃんを大事にしていたんだと思います」