「大変でしょうが、シェリーちゃんには気を配ってあげて下さい。運動後の呼吸回数と、正常状態時の脈拍数が少し気になります」
「そうか……」
「もしかしたら、恐らくは……」
仲村渠は言葉を切ったが、萬狩は、彼が言わんとする事が分かって、黙っていた。
しばらく沈黙が続いた後、仲村渠老人が星空を仰いだ。
「あなたが新しい飼い主で本当に良かったと、私は、そう思っています。彼女が、ここまで元気なのは奇跡ですよ、萬狩さん。多分、仲西君が担当になったあたりからずっと、――ずっと、続いていた奇跡なのです」
本来なら、このようにはしゃぎ回る事も、少し前にはもう見られなくなっていた姿なのだと、老人獣医は、そう遠回しに語った。
そういえば、と萬狩は、出会ったばかりの頃のシェリーを思い起こした。けれど、彼にとっては、当初から老犬には体当たりをされていたし、ふわふわと妙な声で鳴いて、しばらくもしないうちにクッキーの味をしめた老犬が、老人のように元気がなかった頃を想像する事の方が難しかった。
ちらりと視線を降ろせば、笑うように舌を出している老犬と目が合った。
萬狩達の隣で、仲村渠は、独り言のように話した。
「サチエさんは、私がここで店を構えてから一番長い常連さんでした。実を言うと、弁護士の酒井と私は、互いにサチエさんに惚れていた同士なのです」
唐突な話題が耳に飛び込んできて、萬狩は思わず「は」と頓狂な声を上げ、急ぎ顔を向けた。
相変わらず夜空を見上げている仲村渠の横顔には、思い出し笑いが口許には浮かんでいたが、遠い過去が、まるで夜空のどこかに紛れているのかもしれないと探すように、きらきらと輝く老いた瞳を向け続けていた。
「そうか……」
「もしかしたら、恐らくは……」
仲村渠は言葉を切ったが、萬狩は、彼が言わんとする事が分かって、黙っていた。
しばらく沈黙が続いた後、仲村渠老人が星空を仰いだ。
「あなたが新しい飼い主で本当に良かったと、私は、そう思っています。彼女が、ここまで元気なのは奇跡ですよ、萬狩さん。多分、仲西君が担当になったあたりからずっと、――ずっと、続いていた奇跡なのです」
本来なら、このようにはしゃぎ回る事も、少し前にはもう見られなくなっていた姿なのだと、老人獣医は、そう遠回しに語った。
そういえば、と萬狩は、出会ったばかりの頃のシェリーを思い起こした。けれど、彼にとっては、当初から老犬には体当たりをされていたし、ふわふわと妙な声で鳴いて、しばらくもしないうちにクッキーの味をしめた老犬が、老人のように元気がなかった頃を想像する事の方が難しかった。
ちらりと視線を降ろせば、笑うように舌を出している老犬と目が合った。
萬狩達の隣で、仲村渠は、独り言のように話した。
「サチエさんは、私がここで店を構えてから一番長い常連さんでした。実を言うと、弁護士の酒井と私は、互いにサチエさんに惚れていた同士なのです」
唐突な話題が耳に飛び込んできて、萬狩は思わず「は」と頓狂な声を上げ、急ぎ顔を向けた。
相変わらず夜空を見上げている仲村渠の横顔には、思い出し笑いが口許には浮かんでいたが、遠い過去が、まるで夜空のどこかに紛れているのかもしれないと探すように、きらきらと輝く老いた瞳を向け続けていた。