「一人でやらなくちゃいけないから、結構色々とやれる人間じゃないと任せられないっていう光栄な仕事ではあるんですよ。後は、やっぱり相性の問題ですかね。僕よりも経験が長い他の候補の人、どうもシェリーちゃんが触らせてくれなかったみたいで。ああ、そういえば獣医のお爺ちゃん、いたでしょう? 彼、仲村渠(なかんだかり)さんっていうんですけど、シェリーちゃんが産まれた頃からの付き合いらしいです、すごいですよねぇ!」

 仲西青年は、萬狩が呆気に取られるほど自由に喋り続けた。女のような話の飛び方に押されつつも、萬狩は「ちょっと待て」と耐えられず口を挟んだ。

「確かに獣医は来たが、――ナカ、なんだって?」

 ふと飛び出た聞き慣れない名前に、萬狩は思わず尋ね返した。

 すると、肩越しに振り返った仲西が、顔を顰めた萬狩を見て「えへへ」と弛緩するような、屈託のない笑みを浮かべた。萬狩は訝しみ、ますます眉間の皺を深めた。

「なんだ。俺は何か可笑しい事でも言ったか?」
「ずっと僕ばかりが喋っていたので、話し掛けられて何だか安心しちゃったんです。萬狩さん、でしたっけ? 顔付きとか雰囲気が『人の名前にも興味なさそうな人』だったから、ちょっと予想外で笑ってしまいました」
「失礼だな。俺は関わる人間の顔と名前は、全て把握するように努めているんだ。――で、獣医の名前はなんだって?」

 獣医は中西青年よりも先に訪問があったのだが、初対面の開口一番が「こんにちは、町の獣医です」と緊張感のないものだったから、つい名前を聞きそびれてしまっていたのだ。

 かなり高齢の老人だったが、貫禄が全くない喋り方をしていたし、萬狩がこれまで出会った事もない強烈なのんびりっぷりで、マイペースな空気のまま「やぁやぁシェリーちゃん、今日も美人さんだねぇ」と仕事をしたかと思えば、「あ、今日は長居出来ないんだった」と用事を思い出したように帰っていったのだ。