「…………」

 お前、そんなにハマっている漫画なのか……?

 嫌でも見慣れてしまった字に、萬狩は沈黙した。翔也は、結局のところ、母親にバレずに過ごす事は出来なかったようだ。

 けれど、それが罵倒でない事を考えると、ひとまずは安堵するべきなのだろう。まさか、元妻からこのような形で連絡をもらうとは思っていなかっただけに、少し動揺も覚えた。

 脳裏に浮かぶ元妻の顔は、相変わらず、サイボーグのように若く美しく作られた澄ました顔だった。離婚によって二人の関係が切れた事により、見えない何かが取り払われて、憑き物が落ちてしまったように、以前のような苛立ちは蘇らないでいる。

 一度切れた縁は戻らない。萬狩はそれを知って、喧嘩別れした両親の葬儀にも参加しなかった。

 だから向こうで翔也と再会し、このように手紙をもらって、なおかつ基様から書き置きまでもらっている現状を、萬狩は不思議に思った。

 いや、そもそも、問題はそこではない。

「返事をするべきなのか? その場合、俺は、なんて書けばいいのだろうな……」

 遅れて気付き、萬狩は悩んだ。食料品のついでに便箋も購入してみたのだが、しばらく書斎にこもっていても、綴るべき文字は浮かんでこなかった。

 翔也は、しっかりと手紙を書いてくれているのだ。父親としては何だか申し訳ないし、負けたくもないと思う。

 けれど頭を悩ませているうちに、時間ばかりが過ぎていった。

 萬狩は結局、名案が浮かんだら書こうと決めて、便箋を書斎の見える位置に置いておいた。

          ※※※

 それからしばらく雨の日が続き、鍋パーティー前日の土曜日は、ようやく雨が止まって曇空が広がった。

 午後を少し過ぎた頃、差し出し人の記載欄に『萬狩和也(かずや)』と書かれた郵送物が届いた。和也は、二十八歳になった萬狩の一番上の息子だった。