「実は、原稿の締め切りに追われていまして……」
「ほぉ、良かったじゃないか」
「前回のピアノの漫画が好評だったみたいで、続刊が決定したのです…………」

 語る彼の口調は、内容に反して沈んでいた。萬狩が察したように「例のドウジンか」と尋ねると、彼は項垂れて「その通りです」と消え入るような声で答えた。

 心なしか、若干、古賀の身体の堆積が少なくなっているような気がした。恐らく、漫画家として本当に忙しくしていたようだ。うっすらと残る目元の隈に、仲村渠が同情の眼差しを寄越して「お疲れさまでした」と言葉を続けた。

「珈琲とお茶、どちらになさいますかな?」
「……できれば、甘い珈琲で」

 古賀がはにかみ、そう答えた。

 もはや「ここは俺が一人で住んでいる家のはずだが」という台詞も口にする気が起きず、萬狩は苦々しく「勝手にやってくれ」と慣れたようにキッチンに向かう仲村渠を見送った。

 仲西青年は最近、必要以上にシェリーを甘やかす事が増えていた。彼女の歩く時間が減っている事は、以前からシェリーを知っている人間の目には明らかで、けれど、誰もそれを口にする事はなく、仲西もそれを表に出さないまま、横になったシェリーを古賀と共に「可愛いかわいい」とやり、彼女の好きなクッキーを与えた。

 シェリーは最近になって、まるで老人のように、ぼんやりと縁側を眺める様子を見せていた。そう言えば老犬だったな、と萬狩が遅れて思い出すほど、少し前が元気過ぎたのかもしれない。

「また花火パーティーしましょうよ、萬狩さん!」
「そんなパーティーを行った覚えはないが」
「次はバーベキューじゃなくて、鍋ですよ、鍋。シェリーちゃんでも食べられる食事は、僕が用意しますね!」
「お前、俺の話を聞いちゃいねぇな。どうせ既に決定事項なんだろう」