萬狩は、土産を持たせて仲西と古賀を見送った後、場が落ち着いてようやく、次男にこちらの住所を教えたのは不味かっただろうか、と今更のように考えた。

 翔也は別れ際、「一応、母さんには言わないでおきますから」と萬狩を安心させるような事を口にしていた。年賀状ぐらい書きたいじゃないですか、と寂しそうに言われれば、父親として不甲斐なさを覚えている萬狩には断れない。

 とはいえ、家族が揃った最後の別れを思うと、翔也はともかくとして、もし知られてしまった場合の、元妻と長男の和也の行動が掴めないでいる。

「……まぁ電話を寄越さないぐらいだから、無視してくれるだろう」

 たかが住所を教えただけで、怒るような女でもない。元妻は、年々言葉数が減って口調はかなりきつくなったが、今後一切連絡を取らないでちょうだい、とは非難していなかった。だから、きっと大丈夫だろう。

 数時間ほどの留守だったが、少しは懐いてくれているのか、シェリーはしつこいぐらい萬狩の後をついてきた。風呂とトイレに入れば扉の前で律儀に待っており、キッチンに立つと身をすり寄せ、リビングに落ち着くと足元に座る。

 萬狩は、知らない振りをしていた。仲西と古賀が、彼女にたっぷりの愛情を与えてくれている事は知っていたから、老いた優しげな彼女の瞳を見つめて、クッキーを一枚手渡しで与えてやる。それ以上の事を、彼はしなかった。

       ※※※

 十月も下旬に差し掛かると、太陽の出ていない時間は二十五度を切るようになった。

 月曜日の診察にやって来た仲村渠は、「夜が涼しいので、つい散歩してしまいます」と語った。それを聞いた仲西が、「まだまだ暑いですよ」と反論する。