「父さん、番号は変わっていないんですよね?」
「変わっていないが」
「じゃあ、住所を――」

 翔也が身を乗り出すように言い掛けたその時、萬狩の携帯電話から着信音が上がった。

 確認すると、そこには最近登録したばかりの『ナカンダカリ』の名が表示されており、覗きこんだ谷川が「おや、カタカナだ」と首を傾げる。

 まさか、シェリーの件で何事かあったのだろうか。

 萬狩が眉根を寄せつつ電話に出ると、そこから、途端にひょうきんな声で『萬狩さんですか?』と、突拍子もない楽しげな声が上がった。

『僕ですよ、仲西ですよ! あれ、もしかして聞こえてない?』
「聞こえているし、お前が誰かはすぐに分かった」

 まずは『もしもし』が先だろうが、と萬狩は苦々しく思った。

 仲西青年の声がやけに大きく聞こえるのは、携帯電話の設定によるものなのか、仲西青年の声量のせいなのか分からない。個室席に、携帯電話からこぼれる彼の声が響いているような気がした。

『今、お忙しいですか?』
「なんだ、一体どうした」
『実は、買って欲しいお土産なんですけど、お菓子系でお願います! 食べられないものは嫌です』

 萬狩は眩暈を覚えて、思わず目頭を押さえた。

 時刻は、現在午後の一時過ぎだ。自宅を出発してから数時間しか経っていないのに、奴はそんな事が心配で、わざわざ老人獣医の携帯電話を拝借してまで、電話を掛けてきたのか?

「いいか、俺は仕事の用事でこっちに来ているのであって――」
『「いいか」って口癖なんですか、萬狩さん? そういえば、よく耳にするような気がしてきました!』

 電話の向こうから、新しい事を発見したとばかりに、仲西青年の陽気な声が上がった。

「お前、俺の話を聞いているのか?」