ペットのトイレシートに関しては、萬狩が数時間置きにきちんと替え、嫌々ながら清潔に保つ努力は行っているのだが、週に一度は犬用のトイレも彼らによって、清潔な状態にまで清掃された。

 どうやら、配達人の青年は、きちんとした動物関係の資格も持っているようで、シェリーは彼によって丁寧に風呂に入れられ、毛先を整えられ、マッサージまで受けた。青年の方も、サービスを受けるシェリーも慣れた様子で、萬狩は、それを物珍しげに眺めた。

 この老犬を人間に例えるとするならば、その暮らしぶりは実に優雅なものに思えた。彼女は、高齢の犬にしては綺麗な毛並みが保たれているし、栄養バランスの考えられた食事に、週に一回のメンテナンスまである。体格もそれなりに立派に見えるのは、こういった金が十分にかかっているせいでもあるのだろう。

「お前は優雅な生活を送っているなあ」

 萬狩が思わず呟くと、マッサージをしていた若い青年が、ちらりとこちらを見やった。

 すると、シェリーが幸福そうな顔のまま、まるで萬狩の言葉が分かったかのように「ふわん」と不思議な声を上げた。萬狩が老犬の声を聞いたのは、共に暮らし始めて一週間、これが初めての事だった。

 萬狩が思わず「お前さん、喋れたのか」と驚きを口にすると、青年が彼よりも驚いた顔で素早く振り返った。

「えッ。あなた日本語に聞こえたんですか。そりゃすごい。僕なんて、まだ動物の言葉が理解出来ないのに」

 若い彼はそう言って、羨ましげな溜息を吐いた。萬狩は、予想外の反応に上手く言葉が出て来なかったが、内心では「なんてのんびりした男なんだろうか」と苦々しく思っていた。

 そのそばで、青年はシェリーへのマッサージを続けながら、呑気な口調で勝手に「僕、仲西(なかにし)って言います」と喋り始めた。自己紹介を聞くと、どうやら彼はトリマーの資格等も持っているらしい。務めている会社には複数の部署があるのだが、仲西は、ペット用品の配達を主に行っており、寿退職した中堅の女社員の指名により、この役目を引き継いだらしい。