「兄さんも、時間があったなら良かったんですけど。最近もずっと忙しそうにしていたから、声を掛け辛くて」
「君のお兄さんは、バリバリの仕事人だからねぇ」
「谷川おじさんも、そうでしょう?」
「ん~、僕は楽しくやっているだけだよ。ほら、その点でいうと君と同じだろう?」
「そうなんですか? おばさんが、いつも食事に連れてってもらえてないって、母さんにそう愚痴っているのを聞きましたよ?」
「……参ったな。プライベートもないんだから」

 谷川が僅かに笑顔で固まり、ふっ、とそれらしい息を吐いた。

 萬狩の妻と谷川の妻は、出会った当時から意気投合していた。二人の一軒家もそれぞれ近い距離にあり、息子達がまだ学生だった頃は、互いの家を出入りしていた――とも聞いている。

 萬狩は忙しかったから、当時のそういった光景は、目にした事がなかった。会社で定めていた時間に帰れたのも、若い頃は数えられる程度だ。

 萬狩が食事を終えた頃、翔也が「父さん」と呼んだ。

「沖縄は、どんな感じですか?」
「まぁ、のんびり出来る場所だな」

 考えながら、萬狩はそう答えた。騒がしい数名の人間を除けば、萬狩の生活は、それなりに療養には適した場所のはずだから、嘘ではない。

 父親として、息子との距離感を測りかねる萬狩の脇腹を、谷川がそれとなくつついた。話を続けろと言う事だろうと察して、萬狩は、怪訝な表情を返しながら「そうだな」と言葉を探した。

「山の上にある一軒家で、土地がとにかく広い。歳を取った犬が一匹いて、時間があったから、見よう見真似で花壇も作ったな」
「翔也君、君のお父さんはね、バーベキューなんかして充実した日々を送っているらしいんだよ。羨ましいよねぇ」

 谷川が、腕時計で時刻をさりげなく確認しながら、そう言った。