「父さん、久しぶりです」
「ああ、そうだな」
「沖縄に移住したと聞いた時は、すごく驚きました」
「誰に聞いた?」

 萬狩は、どうせ長男と同じ勤め先にいる、谷川の息子あたりだろうと推測していた。谷川の息子は、非常に口が軽い男なのだ。それが長男に伝わり、長男から次男である翔也へと話がいったのだろう。

 すると、翔也は「兄さんです」と、実にのんびりとした口調で、萬狩が予想した通りの返答をした。

「住所も分からないから、手紙の出しようもないって、兄さんそう愚痴っていましたよ」

 ちょうど冷水を口にしていた萬狩は、危うく喉に詰まらせそうになった。

 あの長男は、手紙を出すというイメージがまるでない男だ。こいつは、一体何を言っているのだろうか? 

 半ば咽た萬狩を、谷川が労わるようにその背を撫でながら「はい、ティッシュ」と手際よくフォローした。そんな萬狩を、翔也は珍しい物を見るように、きょとんとした表情で見つめる。

「大丈夫ですか、父さん?」
「翔也、いいか。あれは多分、その場の冗談のようなものだから、聞き流していいんだ」

 そういえばこんな子だったなと思いながら、萬狩は、改めて自分の息子を窺った。

 翔也は根が素直なのか、なんでも真に受ける節がある。他人からの悪意や苛立ちに鈍いらしく、恐らく長男がもらした皮肉を真面目に受け取ってしまったのだろう。

 移住したとはいえ、萬狩の携帯番号は変わっていなかった。彼の方が、家族の電話番号を知らない身なのだ。長男の事だから、用があるのなら手紙ではなく電話を寄越すだろう。

 最後に顔を会わせた際、元妻は自分で壊した携帯電話を指でつまんで見せ、「もうコレは使えないから、電話帳から私の番号は消してちょうだいね」と冷ややかに告げていた。