現場を少し見て回った後、萬狩は、久しぶりに顔を合わせた谷川と食事をするため、昼過ぎには会社を出た。

 萬狩としては、飛行機の時間があるから近場でしようかと考えていたのだが、「僕がおごるからさ」と谷川に爽やかに誘導され、渋々タクシーで四十分の距離にある料亭へと向かった。

 何度も足を運んだ事があるその料亭は、既に谷川が予約を入れていたのでスムーズに入店出来た。準備がいいなと萬狩が言えば、谷川は「いいから、いいから」とぼかす。

 萬狩は来死っ席に案内されたところで、谷川の用意の良さの理由を知り、思わず怪訝な表情を作った。

 案内された席には、萬狩にとって予想外の先客が二人を待っていた。萬狩が「おい」と谷川を睨めば、彼は悪びれる様子もなく「ごめんね」と笑顔のまま言った。

「君が来る事をこぼしたら、伝言ゲームよろしく噂が広がったみたいでさ。ご相伴あやかりたいっていうから、オーケーしちゃったんだよ」
「奢りを期待する年齢でもないだろうに」
「そうは言っても、翔也(しょうや)君はまだ二十五歳で、勤務数も浅いし、こんなところ滅多に来られないでしょ」

 完全予約制の料亭で、一食あたりの値段も安くはない。

 ねぇ、と谷川が話を振った先にいた『先客』は、座敷に礼儀正しく正座した状態で、「そうですね」と、どこか困ったような笑顔を浮かべた。

 癖のない髪、すらりとした体躯に、母親譲りの可愛らしい顔立ちをした青年は萬狩翔也といい――つまり、萬狩の二番目の息子だった。

 翔也は温厚な性格をしており、容姿も柔らかい雰囲気がある青年だ。目付きが鋭くないところは、両親のどちらにも似ていない。仕事に厳しい長男とは違い、他人とのコミュニケーションを楽しめるような仕事を好む社交的な点も、萬狩とは大きく違っていた。