実はこの日、家とシェリーを仲西と仲村渠、予定が空いているという古賀に頼み、萬狩は、四ヶ月と少し振りに日帰りで東京へ向かう予定があった。下半期の大きな会議があり、萬狩はそこに参加しつつ、会社内の様子を確認してくるつもりでいたのだ。

 谷川からの報告で、萬狩が在宅勤務を始めてからの社内は、日々騒々しいほど忙しいと聞いていた。企画案や書類が山積みになったデスクの写真が送られてきた時は、彼らは一体何をしているのだ、と呆れたほどだ。

 この家を長時間空けるのは初めての事だが、夜までには帰れるよう調整はしていた。シェリーの体調については、仲村渠老人には相談していたのだが、「大丈夫でしょう」という意見をもらっている。

 萬狩は、彼らに「迷惑を掛けるが少し頼む」といって家を後にし、高速道路を利用して那覇空港に向かった。平日の空港内には意外にも多くの旅行者がいて、出入りする人間の数の多さに、彼は眩暈を覚えた。

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 那覇空港から出発し、飛行機で約二時間のフライトだった。十月の東京は、沖縄とは違い、秋の肌寒さが始まろうとしていた。

 久しぶりに足を踏み入れた社内は整然としており、萬狩が来社すると事前に知らされていたせいか、ほどよく緊張した空気も流れていた。ちらりと見やったデスクは、谷川から報告を受けたような多忙の影も残っていない。

 萬狩が谷川に迎えられてすぐ、会議は、予定していた時間通りに始まった。悪い方向へ大きく揺らいだ数字もなく、会議は始終比較的に落ち着いていた。

 業績は微々としか上がっていないが、その問題に関して全員が考えてくれている姿勢には成長が見られたので、萬狩は、今後の可能性を感じて大きな口は出さなかった。